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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第21回 2017年12月10日
第21回 ライン川に架かる橋

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今回は11月4日に開通したJürg Conzett(ユルク コンツェット)によるクールとハルデンシュタインをつなぐ橋を紹介しようと思います。

自宅のあるクール(Chur)から仕事場のあるハルデンシュタイン(Haldenstein)まで、自転車で通って行くには大きく分けて2つのルートがありました。1つは線路の東側を走るバス通り(Masanserstrasse)を通っていく道。もう1つは線路の西側のトウモロコシ畑を横切って行く道。前者はもちろん車が行き交う忙しい大通りで、後者は犬の散歩やジョギングをする人をよく見かける畦道のようなところです。
そこに最近、第三のルートができました。

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橋の開通を体験したのは、実は僕の人生で初めてのことだったように思います。僕の覚えている限り身の周りに必要な橋は既に十分なほど架けられていたし、河川がある場所よりも歩道橋が架かるとか、地下道を通すとかの方がリアリティを感じるところに住んでいたからかもしれません。ともあれ昔話によくあるような“川の向こう岸に渡りたいからどうにかして橋を架けて渡ろう”という最もシンプルな問いかけのある場所に出会いました。

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橋が架かったのはクールの駅からライン川に垂直な線を引いた辺りにある場所(地図上で小さな方の赤い丸で囲った辺り)です。クールから向かってライン川の反対側にはカランダ(Calanda)という地元ビールの名前にもなっている大きな山があり、その辺りはほとんど開発されていません。このライン川がクールの街が広がってゆく末の境界になっていた。一方で川沿いはハルデンシュタインからクール(約2.5km)を通り越してとなり村のフェルスベルグ(Felsberg)へ向かう(さらに約5km)散歩道になっています。
この橋の工事は今年4月に始まりました。クール市のウェブサイトによると橋工事の目的と概要は次のようになっています。

“〜この橋ができることよってクール、ハルデンシュタインとカランダ地域を安全かつ魅力的に、そして緩やかにつなぐことができます。また、この全長91m歩行幅3mの吊り橋は支柱がないためにライン川の流れを侵害することがありません”


構造家のユルク コンツェットはズントー事務所の元所員で、サンべネディクト(St.Benedict)教会の計画を担当していた人でもありました。(もともと構造デザイン担当として勤務していたのか、建築設計士として働いていたのかどうか、もとよりそういった職種の違いは当時の小規模事務所で重要ではなかったのかもしれません)
事務所を卒業してからはクールで構造事務所を開き、建築プロジェクトの構造を担当する傍ら多くの橋を手がけています。例えばクールから少し西へ向かった先にヴィアマーラ(Viamala)という渓谷があり、そこでは大自然の中に大小いくつかの橋をデザインしています。彼の事務所を訪れると大きなドラフターで描かれたとても精緻で美しい手描き図面があり、その線と文字を見ると繊細かつ大胆なデザイン感覚が目の前に想像できてしまいました。

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この吊り橋は鉄筋コンクリート造の主塔が地面の上のみに建ち、その間に張られたケーブルにて橋の桁と床が吊られています。そのため支柱が川面に存在せずスッキリとした印象がある一方で、ケーブルが地上へ降りてくる先(アンカーレッジ)付近は少し混雑してきます。それでも主塔は川沿いの歩道を邪魔することないくらいに十分な高さがあります。

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橋自体の鋼構造で床はアスファルト、手すりは木になっています。あまりにも大胆かつ太い手すり部分でデザインが大味すぎると感じましたが、この橋のダイナミックさに比べたらこれくらいでなければとも思い返しました。正直に言えば、まだ自分の中でこの橋を理解する上で必要なこのプロジェクトの”強さ”みたいなものがうまく捉えきれていません。

この辺りはノルディック、ジョギングにもってこいのとても気持ちの良い場所。この橋の開通によってこのライン川沿いにさらに人が集まって、その結果カフェなどが必要とされて現れるかもしれない。橋自体の構造的、意匠的な意味はもちろん、この橋が僕たちの暮らしに何を運んでくれるのかは、橋の開通を初めて目の当たりにした僕にとって今、とても興味のある話題になってきました。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。


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