杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第23回 2018年02月10日 |
第23回 クールデザイン
僕の住んでいるクールという街は人口が3万5千人くらい。東京に比べたら本当に小さな街ですが、それでもスイス、グラウビュンデン州の立派な州都です。 周りを山に囲まれて守られているような安心感がある一方で、太陽高度の低い冬には日差しを遮られ、時として気持ちを寂しくさせる。実際少しだけ出不精になります。こんなにも住んでいるところの地理的条件や季候が人の気持ちに大きく作用してくるなんて、ここへやって来る以前には思ってもいませんでした。それでもクールはスイスの中では最も天候が良く、可照時間が長いという統計もあるようです。確かに学生時代に住んでいたチューリッヒなどはいつも曇っている印象がありましたが、はたして本当でしょうか。。。 よく言えば(笑)、緑に囲まれていて夏にはハイキング、冬にはスキーと山でのスポーツを満喫し、まさにアルプスの少女ハイジに出てくるような世界がある。しかしそんなクールに住んでいて不便に感じることは少なくありません。 その一つの例を挙げるならば、比較的手頃な値段で欲しいと思える雑貨を買い求めることができないこと。例えば友人への誕生日プレゼント、目上の方に招かれた時に手提げていくものを探そうと思うとなかなか見つかりません。もちろんワインやチーズをよく知っていれば十分かもしれないけれど、酒と漬物の日本人の僕にはなかなかハードルの高いところなのです。笑 (僕は酒と漬物に関してもよく知らないのですが。。。) さて、そんなところに最近新しいショップができました。 そこのオーナーは以前建築事務所を開設し、なかなかどうしてうまくいっていたものの、このまま一生この仕事を続けていくのには違和感を覚えたらしく、その事務所を友人に譲って今のプロダクトディレクターとも言える仕事を始めました。デザイナーや作り手、職人との間に立って一緒に様々なスケールのプロダクトをデザイン、発明していこうという仕事のようです。彼自身も、チューリッヒの美大でプロダクトデザインの教育を受けているものの、自分で何かを創るというよりはデザイナーや職人たちの仕事をサポートしながら共にプロダクトを発展させ、ブランド化して自身のショップで売っていくということに楽しさとやりがいを感じている。 聞けばそんなに目新しいビジネスモデルではないけれど、たくさんの創造的な人たちと関わりながら、また感心するばかりの精度でモノを作る職人の作業を目の当たりにしながら、そして彼らのネットワークをつなげながら多面的に仕事することは、僕の目にはとても興味深く映ります。 例えばグラウビュンデン州には腕の良い職人がたくさんいます。きちんとした設備をもった製作所も多くある。しかしそういった人たちの多くは、頼まれたものを作る。もしくは今まで作られ作ってきたものを作り続けている腕の良い職人、製作者であって自分たちで何か新しいモノを考案していないことがほとんどです。ただそれは挑戦したいと思う人が少ないわけではなく、興味を持っているのだけれど時間的、経済的に都合の良い機会には恵まれていないから。 また仮にそういった機会があったとして、僕が腕の良い職人たちがオリジナルとして作ったモノを見かけた時に感じるのは、まず第一に完全に(実)用に適ってモノが作られているということ。しかし時として、職人の腕の見せ所(作り手側に技術が要求される仕様)が見てくれとばかりに強調されていることがある。(実)用と美はあるものの、やや技巧的に見えてしまうことがあるのです。 例えば次の写真のスツール。一つは家具職人自身によってデザイン製作され、もう一つはズントーによるデザインで同じ家具職人によって製作されたものです。(どちらが誰によるものかは内緒です笑 ここで僕はどちらが良いという白黒の判断をしたいわけではありません) 家具職人曰く、デザインの原型は酪農家が牛の乳を搾る際に一時的に座れるように一本足の椅子( Melkstuhl) にあります。 従来の座面と一本足、それに腰に巻くベルトでできている代わりに三本足になっている。 一つ目の写真はお尻がうまく乗りそうなすり鉢状になっていて、三本足の間隔やそれらの座面での配置は安定しているように見えます。一方で二つ目の写真は座面が大きいぶん、足の間隔が相対的に狭くやや不安定に見える、ただオブジェとしてはとても軽やかに見えます。足は根元から一旦太くなり、そして足元にかけて再び細くなっていく。 上から見ると二つ目の椅子は足が座面上部まで貫通してきているのがわかり、全体が木のみでできていることを強調されているかのようにも取れます。一つ目のそれは上から見えない分、脚部がネジや金具によって座面内部に固定されているかもしれません。もちろんその場合でも外からは木だけにしか見えませんが。。。 ここで以前紹介した別の家具職人による棚を見てみます。 家具に限らずに建築においても、その対象物がどう在るか(見えるか)ということと、それがどう機能するか(使うことができるか)はなかなか一致しないことが多い。その不一致は常にネガティブではないと思います。逆に一致してしまうと何だか合理的に見えすぎたり、どことなく物足りなさや魅力に欠けているかもしれない。 これからモノを選び使っていく際には、この(実)用と美についてもう少しだけ気をつけていこうと思わせる小さな出来事でした。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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