杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第25回 2018年04月10日 |
第25回 スイス住宅事情
今回はスイスの、クール(Chur)の住宅事情について紹介します。 実は最近のこと、今住んでいる部屋が手狭になってきたので新しい住居を探していました。 日本で住居(賃貸物件)探しをする場合、まず賃貸仲介業者へ赴いて諸条件を話し、提案される物件の中から気に入った数件を担当者とともに訪れ、気に入ればそこに決める。物件は需要に比べて供給過多で、運良く気に入ったものが見つかれば割と簡単に引っ越し先を決めることができます。こうした方法が一番オーソドックスな探し方ではないでしょうか。 スイスでは少し違います。チューリッヒなどを見ると近年になって目覚ましく高層住宅が建てられているものの、僕が数年前に住んでいた時は空き家率ゼロに近いと言われていたくらい、住居探しには苦労しました。そこまではいかないにしても、ここクール(Chur)も条件によってはなかなか難しいところがあります。 ではスイスに住んでいる人はどうやって住まいを探しているのか? まずいくつかの賃貸物件検索サイトがあり、いわゆるシェアハウスを探す場合は、自分で借りる場合はやcomparis.chなどのサイトがあります。(とは言え、掲載されている物件は重複していることが多く、たくさんの検索エンジンを使う必要はありません) そこで自分にあった条件を入力してフィルターをかけて物件を探します。 試しにを見てみましょう。 サイトには現状の写真と図面、簡単な説明書きが載っていて、不動産屋(貸主)の連絡先さらには今現在住んでいる借主の連絡先もわかります。というのも、多くの場合は貸主へ連絡するのではなく現借主にアポイントを取って、彼らがまだ住んでいる住居にお邪魔して物件を見て、いろいろと話を聞くからです。実際に住んでいてどういう感じか、周辺や近隣住人からの生活音はどうなのか。なぜ引っ越すことにしたのかなど。。。 そして気に入ればあらかじめ貸主から現借主へ渡された応募用紙を受け取って必要事項(氏名生年月日はもちろんのこと、勤め先や年収、現貸主の連絡先を記入、ペットの有無や楽器を持っているか、家財保険に入っているかなども聞かれます)を記入して応募します。 ここでの重要ポイントは誰よりも早く応募すること、そして自身に支払い能力があるかどうかです。日本でも言われていたように、家賃は給料の三分の一以下であることを推奨されます。そして貸主は応募者の勤務先や現貸主に連絡をしたり、多くの場合は支払い経歴証明書の提出を求めたりと、将来の借主になる人の今までの素行を調べます。そこまでされると、何も悪いことはしていないけれど、何だかそわそわしてしまう自分がいます笑。 また、スイスにはアルファベットのLCGNFBで分けられた6種類のビザがあり、その種類によって滞在許可(可能)年数も変わってくる。もちろん貸主は同じ人に長く貸し続けたいから、それも一つの判断基準とされています。 そういったプロセスを経て、貸主は借主を決める。これから借りようとする人はそうしたテストみたいなものをパスしなければいけませんし、もちろん他の応募者との早い者勝ちの競争でもあります。 スイスでは多くの貸主と契約する際に、引っ越し(出ていく)可能な時期を決めます。それはほとんどの場合、例えば3、6、9月といった具合で一年で数回あります。そしてその引っ越しの三ヶ月前までに退出する旨を貸主に伝える。その時期による引っ越しが適わない場合は、住んでいる人の都合であるため、自分で次に住む人を探さなくてはいけません。 貸主にとってこのシステムは貸家を断続なく貸し続けることができるという意味で効果的、経済的です。一方で借主にとっては、結構な負担になります。自分が住んでいる部屋を複数の赤の他人に紹介することになるし、もちろん多くの人は自分たちの部屋をより良く見せようと清潔に整えようとする。そして大抵見に来るのはお互いに最も忙しい夕方か週末です。 これから借りようと見にくる人にとっても、全く知らない人のお家にお邪魔する遠慮感があり、また既にある家具が邪魔して部屋の正確な広さを把握しにくかったり、逆におしゃれな家具で部屋のイメージがよくなったりもします。 スイスに住んでいる人が気にする条件は、日当たりはもちろんのこと、広いバルコニーやテラスがあるかないか。そして設備が整っているキッチンがあるかどうか。僕の印象では、住居全体の部屋数や大きさに比べて、キッチンとそこに占める割合がやけに大きい。冷蔵庫と食洗機、オーブンは造り付けの場合が大半で、自分たちでそれら電化製品を持ってくるのではなく、それらを住居と一緒に借ります。 僕の家のキッチンはレトロでコンパクトに整っており、コックピットのように機能的でしたが、それは珍しいことでした。 僕が住居を探していて驚いたことは、シャワーがあるのにバスタブがない住居が意外に多いという事実です。日本でいう2LDKくらいの住居でもゲスト用のトイレが別にあるにもかかわらず、プライベートバスルームにはトイレ、洗面台とシャワーブースだけというのもざらにあります。ある改装したての物件を見学中になぜバスタブを付けないのかと不動産に聞くと、例えば高齢の方はバスタブを跨いで入るのが億劫なのでシャワーで済ませる人が多く、そういった人たちのニーズにも応えるためだということです。バスルームのスペースやバスタブを造りつけるコストの問題ではなく、ニーズがない。ほとんど毎日お風呂に浸かる習慣のある日本人の僕には結構びっくりな事実でした。 また、日本と大きく違うのは洗濯です。時には住居に洗濯機や乾燥機が完備されていますがそれは稀。大抵の場合は地下に共同の洗濯室があって、そこで週に1日ないし2日のインターバルで洗濯日が回ってきます。今日は天気が良いから洗濯して外に干そう!なんていう楽しい気まぐれは通用しません笑。大規模なマンションになると、その住戸数に対応して洗濯室は4、5部屋あるものの、8日間に一回しか洗えなかったりする。ということは単純に考えて、8日分の服装の組み合わせが必要になってきます。シャツや靴下を8日分揃えるだけでも、コストも収納場所もかかります。それはかなりハードルが高い。。。 僕の住んでいる建物はかつて自動車工場として戦後すぐに建てられ、今は改修され部分的にオフィスとしても使われている比較的古い建物です。そこに60年代増築された部分に住居があります。 次はどんな人が引っ越してくるのか。リビングの二倍以上あるテラスや小さくまとまったキッチンなど、なかなか住み手に使い方を求める住居であったので、その新しい人がどういう風に住居を使い倒していくのか。一人の建築家としてとても興味を持っています。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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