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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第27回 2018年06月10日
第27回 クールのタンポポハウス

今日はスイスのクール(Chur)の街にあるパン工場を紹介します。

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クールでパン屋さんと言えば頭に浮かぶのは5つくらいのお店。その中で最も規模の大きなお店はMerzメルツです。創業1946年でパン、ケーキ、そしてチョコレート菓子の販売をしている。僕の好物はMandelgipfeliというアーモンド餡の入ったクロワッサン、結構ヴォリュームがあるので忙しく疲れた時の間食にぴったり笑。今回紹介するのはそのパン製造工場兼店舗です。


タンポポハウスと言えば藤森照信さんが設計した自邸が有名です。屋根のみならず外壁にも植物が生い茂り、人が住むための家なのか、それとも動植物が棲むための家なのかがわからないくらいで、見ていて本当にワクワクしてくる。時にはジブリ映画に出てきそうなファンタジー溢れる建築とも形容されています。一方でスイスの現代建築を眺めると、コンクリートでできた建物が多く、セメント色で冷たい印象、ワクワクというよりはカッコよく決めている笑。そんな中でクールにもタンポポハウスがあることはとても貴重なことなのです。

この建物、実は新しく建てられたものではありません。(竣工は2010年) 僕にとっては、大学の先輩がその設計士であるClavout事務所で働くことに決まったと聞いて、写真を見せてもらったのがはじまりです。当時、学生の僕にはスイスにも面白い建築があるんだなぁというくらいの印象でした。というのも、日本にはもっと心踊らせるような建築が数多くあったから。そこまでグッと感じる個性の強さみたいなものは感じなかったと記憶しています。


一般的にスイスの建築は山岳のようにどっしりとしているものが多く、日本の建築と比べると質量が大きいと言えます。世界中の風景を見てわかるように、気候や自然、都市環境が違うとそこに住んでいる人たちが共有している文化の根底も必然的に異なり、当然の成り行きとして、そのアウトプットとしての建築の姿も変わってきます。だからこそ建築は建つ場所に依っていると言われ、極端な話をすれば同じ建築でもそれが建つ場所によって、その存在意義や人々に与える印象は全く変わってきてしまうのです。実際スイスの建築が、例えばズントー設計のヴァルスの温泉施設がそのまま日本に移築されたら、がっちりとし過ぎていて何だかスイスで見たそれとは違った建築に見えてしまうかもしれません。


僕が一昨年前にこのクールのタンポポハウスをはじめて訪れた時には、いかにもスイスらしい力強い木造(一部コンクリート造) 建築だなぁというくらいにしか思いませんでした。けれども先日久しぶりに近くを通ってみたところ、現在の姿に驚きます。


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実際にはタンポポだけが生えているわけではありません。(そもそもタンポポハウスという敬称ではありません) 平らな屋根の上に、公園の砂場で作ったなだらかな砂山がのっかっているように見えますが、実際は地上2階地下1階の建築。つまり見えている緑の山に2階部分が内包されています。
後でその事実を知った時に、実は僕は少しがっかりしてしまいました。構造的に全てが土であれば重すぎて一階が潰れてしまうかもしれません。が、僕には見えている屋根の重さが突然に軽減されて、何だか軽い建築になってしまった。屋上の自然もどこからか運ばれてきた芝セットのように、薄っぺらいものとして見え始めてきてしてしまう。背景にある力強いカランダ山と一体となって見ると、余計にその気持ちは強くなります。この建築はもっと強くあるべきだ、重たくあるべきだ、というようにです。


個人的な印象と願望(笑)はひとまず横に置き、俯瞰した全体をみていきます。

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この敷地の近くには大きな屋内外プールやテニスコートのあるスポーツ施設が北側にあり、また東側に高速道路が南北に走りその出入口も近い。東側には市街地が広がっています。反対側である西側には大きな芝のフィールドがあり、航空図を見るとこの建築がそれらの境界点に建っているのがわかります。(赤い丸で示してあるのが今回の建物です)

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併設したカフェのある北東側には多くのテラス席があって、奥に広がる草原を眺められる一方、車が行き交う忙しい道路を見ると自分は街(都市)に属していることを実感させられます。

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入り口を挟んでテラスと反対側の東側道路沿いには、スイスでは珍しいドライブスルーがあります。そのためこの辺りはいつも人と車が行き交ってガヤガヤと活気に溢れています。

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店内ではパン菓子を売り、カウンターの奥には工場の作業風景が見えます。建物外周は全面ガラスなので、外のどこからでもパンを作っている様子が見てとれます。オープンキッチンを字義通り作ったという典型的な例です。



このように、この製作工場は敷地や施主の条件に対してとても素直な回答をし、優秀な機能配置をしています。そして僕はその≪建築が表している態度、姿勢≫のようなものがとても気に入っています。最終的な見え方や細かいデザインもとより、この建築の在り方は誰もが理解できるほど易しいからです。≪こうしたいから、このように設計したという素直さ≫がこの自然いっぱいのクールのおおらかさと、とても合っているように思います。
屋上庭園に関して言えば、僕が≪屋根にこうあって欲しいと思っていた在り方、こうあるだろうと認識した在り方≫と、≪実際に在るもの≫との間にはギャップがありました。そうしたギャップは、実はどの建築を訪れても必ずどこかの部分で1つや2つは見つけることができるのですが、時に僕を驚かせ嬉しくさせたり、がっかりさせたりもする。それはある建築を理解していこうとした時にぶつかる、避けて通れないプロセスであって、建築を考える上で最も重要なことの1つだと僕は考えています。

このクールのタンポポハウスに続いて、この建築家の作品ももっと紹介していこうと思っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。


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