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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第28回 2018年7月10日
スイスの先端技術

ピーターズントー事務所と聞くと、良くも悪くも何だか職人的/手仕事(handcraft)で比較的ローテクな手法で建築施工を行なっているという印象を持たれがちです。当たらずしも遠からず(笑)な部分もありますが、多くの所員は新しい技術や試みにも敏感で常にそれをキャッチしようとアンテナを張っています。

スイスのsia (schweizerischer ingenieur- und architektenverein)会員には、ほぼ週刊の機関紙が送られてきます。それは≪TEC21≫という冊子です。各号にトピック記事があり、その前後ページには最近行われたコンペ結果、話題になっている建築プロジェクトの紹介や展覧会イベント、そして建築に関わる求人広告が載っていたりします。この種の冊子は建材の広告が多く、あまりぱっとしない内容であるという偏見がありました。が、読んでみると意外に面白い。新しい技術を採用した建築についての記事が多く、少しだけミーハーなところ(好奇心旺盛とも笑)のある僕にはとても良い刺激になっています。

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はじめに紹介するのは少し前の記事(2017年11月17日号) です。ここではファサード全面が太陽光パネルになっているチューリッヒに建つ集合住宅が紹介されています。

太陽光発電は日本でも各家庭にまで普及しているように、その導入はスイスでも日常的に行われています。(実際に僕たちの事務所の建築プロジェクトにも) ただし、従来のパネルは屋根の上に≪設置≫するタイプが一般的で、どうしても付加された建築要素に見えてしまう。それはそれで近隣住民に≪私たちは地球環境のことを考え、太陽光パネルを設置しています≫というスタンスを示しているという意味では良いのですが、どうにかしてうまくデザインの一部に取り込めれば、それに越したことはありません。その工夫をこの記事に見ます。

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この集合住宅の外壁パネルは、写真を見るとわかるように従来の≪太陽光パネル≫という印象は全くありません。特注されたガラスタイルの裏は赤茶色にデジタルプリントされ、そのまた裏に太陽光モジュールが隠されているからです。訪れた同僚曰く、このファサードに3mくらいまで近づくとようやくガラスタイルの裏にある太陽光モジュールが透けて見えますが、それよりも離れると全くその存在に気付かないそうです。また、このガラスタイルは波打ったような加工がしてあるためにプリズム効果によって集熱効果を高めています。これは当初、設計者の意図ではなく、集熱結果を測定したところ北側外壁面から予想以上の測定結果が出たために、このガラス加工の恩恵に気づいたそうです。
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この太陽光モジュールの付いたガラスタイルは6mmの目地間隔を以って設置され、単体で装着離脱ができるため、後々の修繕や交換がしやすいという利点があります。一見太陽光エネルギーとは関係のないようなこの集合住宅のファサードは事務所内でも大きな注目を集めていました。集熱面積を増やすために矩形ではなく多角形にした平面計画や、三角形の突き出たバルコニーなど賛同できる部分とそうでない部分はあるものの、とても興味深いプロジェクトです。記事によれば、この建物全体に必要とされている以上のエネルギー(56,000 kWh/年) を取得できるそうです。




次の記事は非常に薄いコンクリートシェルを可能にした実験的な施工の事例です。それを少し見ていきましょう。


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大学で建築を学び始めると一番最初に習う材料学の基礎があります、それは
≪鉄筋コンクリートは圧縮力に強く引張力に弱いコンクリートと、引張力に強く圧縮に弱い鉄筋を組み合わせることで相互の力学的欠点を補う。またアルカリ性のコンクリートが酸性に弱い鉄筋を錆びから守る≫

通常、建設現場で鉄筋コンクリートを作るには、主に木板と鋼管でできた型枠(硬化前の流動的なコンクリートを流し込むフレームのこと) に鉄筋を決められた手順と方法をもって配筋して、そこにコンクリート(セメントと細かい骨材、粗い骨材と水の混合物) を隅々まで流し込んで作ります。その後コンクリートが固まるまでの養生期間を経て型枠を外せば出来上がりです。

しかしこの記事(2018年3月9日号) で紹介されているコンクリートシェル構造は木板の代わりにメンブレン(膜材) を、そして鋼管の代わりにスチールワイヤーを利用し、鉄筋ならぬカーボン筋によって非常に薄いコンクリートシェルの施工を可能にしています。鉄筋の代わりに用いたカーボン筋のおかげで通常のコンクリートよりも3〜4分の1まで薄くでき、また重さは最大80%削減することができるそうです。また施工方法も異なっていて、コンクリートを型枠に流し込むのではなく、固練りのコンクリートを塗りつけるという点です。通常の水セメント比 (水の量をセメントの量で割った比)は60-65%以下ですが、この記事のコンクリは25%で調合されています。つまり、水分が少なく、流し込むのではなく粘土のあるものを塗りつけるというわけです。


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この図を見ながら構成を見ると、上から
1.コンクリートシェル
2.カーボン筋
3.膜材
4.スチールワイヤーネット
5.アーチ部の土台とそれを支える支柱
となっています。


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写真は上から順に土台、スチールワイヤーネットの交点、そして型枠が全て出来上がった様子です。

通常コンクリートはその厚みを使って荷重がかかった時のたわみを防いだり、各種パイプ類を通したり、積載される重量や地震、風力を負担する応力に耐えたりしています。何も薄く軽くすることが常の目標ではありません。それでも新しい材料と新しい工法によって、厚紙を曲げたように見えるコンクリートが実現できていることに、見たこともないような新しい空間実現のヒントを見つけることができます。


建築設計をしていてとても面白いと感じることは、建築には様々な方面から要求されることが数多くあるということです。それはデザインや美的な要素から、機能や使い勝手のこと。クライアントからの特別な要請、もちろん法的な規制もあります。それらは建築家にとって悩みのタネであると同時に、それらに応えた計画ができるとすれば、それは(大げさに言えば)世の中を変えることができる余地があるということになります。建築はその中に人が入って活動することができるくらいの、人が造ることのできる最も大きなモノとも言えます。そのぶん、人々や社会に与える影響は大きくなるのは必然です。

例えば今回紹介した2つの記事のように、新しい技術を導入することで環境問題などの社会的要求に技術的に応えながら、人の振る舞いや生活スタイルをも変えてしまうような空間体験を実現できればと思っています。

今回は何だか掻い摘んだようになってしまいましたが、面白い記事を見つけたらどんどん紹介していこうと思います。


写真を含む記事はTEC 21(2017年11月17日号, (2018年3月9日号, 2018年6月15日号)より掲載。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。



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