杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第30回 2018年09月10日 |
建築デザインの引き出し
今回はクールにあるホームセンターについて紹介しようと思います。 東京に住むことに比べてみればクールに住んでいて不便なことは少なからずありますが、もちろん良い面もあります。その1つを挙げれるとすれば、いろいろなお店が街の中にコンパクトにまとまっていて、それらを比較的簡単に回ることができるという点でしょうか。 例えばクール駅から電車でわずか一分、隣駅のクールウエスト駅(Chur West)の近くには大きなホームセンターが3つほど点在しています。クール市内では地下鉄やトラムが走っておらず、移動はもっぱらバスや自家用車、もしくは自転車になります。お店はもちろん、そのような交通手段でアクセスしやすい立地条件、道路沿いの広い駐車場を備えています。 スイスでのスーパー(食料生活用品店)と言えば、おそらく誰もがまず思い浮かべるのはミグロ(Migros、最後のsは読まない)とコープ(coop)です。双方とも生協を母体として始まり、今ではスイス人を二分する人気店ですが、わかりやすい大きな違いとしてミグロではお酒とタバコを売っていないことが挙げられます。(理由は健康に悪いものだからそうです笑) そのためミグロはお酒とタバコを売っているデンナー(Dennner)と併設されていることが多い。そのミグロに比べてコープは全体的に少しだけ商品の値段が高めという印象が僕にはありますが、どちらのお店が良いかというよりは、自宅から近い方へ行く。という判断をしている人が僕の周りでは大多数です笑。 先ほどの3つのホームセンターというのは、実はそのMigrosが提供するDo it+Garden Migros、coopが経営するcoop bau+hobby、そして最後に僕たちの事務所が一番よく訪れる≪Do it≫のことです。この≪Do it≫は僕たちの住んでいる地域ではよく名の知れた建材会社gasser Baumaterialienが経営しているお店です。 少しだけお店を見ていきます。 まずはDo it+Garden Migrosから。 続いてcoop bau+hobby、 最後に≪Do it≫です。 店内で売っている商品の違いは、そんなに大差はありません。建物の外観だけを見ると先の2つは商業建築という感じがしますが、最後の≪Do it≫は倉庫といった感じです。店内フロアの規模はクールのこの3店に限って言えばcoop bau+hobbyが一番広いですが、店員さんの知識は≪Do it≫のが豊富。木工房も併設されており、高度な加工はできませんが直線であればすぐにその場でカットしてもらえます。 僕たちの事務所が設計スタディに用いる建築のモデルの大半は、鉄道模型などで使用される模型材料や添景でできていません。むしろ実際の建築で用いる実寸の材料を用いることが多い。その材料を異なる縮尺の模型のために素材の持つスケール感覚に気を使いながら用い、光を素材によって、また素材を光によって引き立てる。 そうした感覚に頼ったことの他にもどういう手順で空間を形成していくかというテーマがあり、それは実際に建設する際の施工手順にも影響します。つまり出来上がった建築やそのモデルを見て、どう組み立てて完成させたのかが説明なしでわかるような理に適った工法も、完成した建築の一つの強みになります。 ズントーはミーティングで口癖のように≪Ask your grandmother≫と言います。設計デザインしたものが祖父母、つまり二世代上の人たちにも容易にわかるものであること、模型や図面もそういった表現であることが重要であるということです。 建築デザインは理解するのが難しいものであってはならず、子供からおじいさんおばあさんまでわかるような簡単な言葉や表現で、新しい生活や物事の見方を指南するようなものでなくてはいけない。 事務所では主に3つの異なる目的の工房を使って約7名のインターンがチームに分かれ模型を作ります。そして新しい模型を作る際には、プロジェクトを担当するアーキテクトも参加し、形や空間構成よりも素材や建築の成り立ちに関するコンセプトを確認し、またそれを壊して飛び越えるような創造行為を合同して行います。() その際に事務所で働くスタッフにとって、どんなものが身近にあるのか知っておくことが、自分たちの模型表現のまず基本的な引き出しになるわけです。どこでどういう素材が手に入り、世の中にはどういう工具が存在しているのか。それらをどのように使ったらどんなものができるのか。事務所の工房では時に生地を染めて縫ったり、コンクリートやアスファルトを打ち流し込んだり、溶接をしてエアブラシで塗装仕上げをしたりと多岐に渡る工作をしますが、更にそのもう一歩先のひと工夫があると表現が飛躍的に増え、設計デザインの大きな手助けとなります。 今、ベネチア建築ビエンナーレで展示されているズントー事務所の建築模型群を見れば、僕たちにとって模型がプロジェクトの段階から実際の建築にたどり着くまでにいかに重要なものとして作用しているかがわかると思います。 ここでホームセンターの話に戻ります。 そうした模型を中心とした設計デザインのために、特に目的がない時でもそれらのホームセンターをハシゴして一つ一つの商品の可能性を探り、時間をかけてゆっくり全ての商品棚を見回り、店員さんにいろいろと質問をして今後の可能性を広げていく必要があります。 例えばAという限られた目的のためだけに製造された商品や工具を、全く違うBという目的のために使用してみることに大きな可能性があります。もし目的に見合った工具がなければ、自分たちで作らなくてはいけません。そんな時のために様々な分野において広く技術的な知識のある芸術大学の先生のような相談相手を近くに見つけておくことが、とても重要であると僕は思っています。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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