ときの忘れもの ギャラリー 版画
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第31回 2018年10月10日
木の量感

今回は年に一度の事務所イベント、日帰りハイキングの様子を綴ろうと思います。

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ズントー事務所ではサマーパーティ、クリスマスディナーなどのイベントに加えて年に一度、スキーデイがあります。とはいえスキーはボードやブーツ、ヘルメットなどの道具を借り、そしてリフト券代を払うとかなりの出費になってしまうため、また実力に個人差があるために全員が一緒に滑り行動できず、事務所イベントとしては若干一体感に欠けていました。僕たち事務所スタッフが住んでいるクールからはスキーリゾートが近いために、多くの人は週末には雪山へ行くので皆本当にスキーが上手い。ハワイやブラジルからのインターンが事務所に在籍した時もあったけれど、彼らもなぜかすごく上手かった。一年に一度この日しかスキーをしていなかった僕は皆についていくのに必死で、このイベントは少し緊張しながら参加していました。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、今年のイベントはそのスキーに代わって1日かけてのハイキングになりました。(とは言え個人的にはスキーも好きなのですが。。) ハイキングの良いところは皆が一緒に列をなして歩き、景色を楽しみ話しながら歩み進めるところです。ズントー自身も含め、事務所内のほぼ全員の参加です。

朝早くクール駅から車両の一部を貸し切って電車で西の方向へ、イランツ(Ilanz) まで向かいます。そこからバスに乗り換えてヴァルス(Vals) へ。あの有名な温泉施設を見学すると思いきや、そのままさらに先へと進みます。途中トンネル(Rotenberg tunnel) に出くわすのですが、これが映画か歴史の教科書に出てくるような荒削りの全長175mの直線トンネルで、内部は洞窟のように壁が凸凹している。。トンネル内部は狭く一方通行であるため、トンネル両端の出入口に信号があって交通規制されているようです。

そのトンネルを抜けて登って目的のバス停ツァーヴライラ(Zervreila) に着きます。9月と言えども気温は4度、そしてかなり霧がかっていました。想像以上の寒さにおののき、スタートする前にバス停前のカフェでまず休憩。笑。こんなスタートで大丈夫かなとも一同とまどいながら天候の回復を待ってみたものの、寒さは変わらないので再スタート。霧のある景色もAtmosphereがあってズントー事務所っぽいね。なんてある同僚が言っていましたが、薄着で少し凍えながら歩いていた同僚には何の助け舟にもなっていませんでした。。悲


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さらに登っていくと大きなコンクリートの建造物に出会いました。これは。。。ダムです。
日本で見たことのあるダムは、もっと水門やら何やらと構築物が複数備わっていたと記憶していたので、このダムのようにただシンプルにコンクリートでできた厚い壁を見た時は、一瞬これは何だろうと思わせられました。今、水が溜まり湖のようになっている谷底にはかつてZervreilaという名前の村落があったそうです。そしてダム建設のためにすべての住人が引っ越したものの、村の建物自体はそのまま湖底に沈んであるそうです。スキューバで潜って見たいものです。


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さて、ダムを渡ってさらに登っていくと19世紀に建てられた数件の農家がありました。この辺りの標高までは牧草が育つため、この農家は家畜を飼うことのできる最高の位置にあることになります。左奥の農家は伝統的なStrickbau(Blockbau 日本でいうところのログハウス)でできていて、右の倉庫の方は石積みでできています。


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そしてもちろん彼らのための小さな礼拝所もありました。こうした気候が厳しいところでは冬を生き抜くのが大変だったと想像できます。


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山を越えるようにして、少しずつ下っていくと霧がかった空も晴れ、木々もちらほらと見えて来ました。実は今回の目的地はヴァルスの上方にあるライス(Leis)という小さな村にある、ズントー設計の週末住宅群です。これら週末住宅はヴァルスの温泉施設に併設されたホテルの経営に携わっていたズントー夫人の住まいとしてまず一軒建てられ、その後に隣接して同じ建築言語(デザインスタイル)でさらに二軒の住宅が建てられました。現在ではその三軒のうち二軒が週末住宅として借りられるようになっています。
詳しい写真はウェブサイトまたはInstagramにて。


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この家も先ほどの農家と同様にStrickbau(Blockbau) でできています。しかし先ほどの農家の地上階の傾斜する敷地の地面に接する部分が石積みでできているのに対して、この家は地面まで同じ工法で一貫してできています。(厳密に言えば地面に近い部分は上階から吊られています)
また、この矩形の木造家屋に屋根が間隔を開け独立した要素として架けられているところが先ほどの農家とは違います。屋根材であるスレートを下から見上げることが、デザインとしてとても大切であったと見て取れます。

住宅内部に入ってダイニングテーブルでディテールについての小レクチャー。ズントーは静かにゆっくりと話します。このような無垢の木材を大胆に用いた工法では当然に建築部材の天候による乾燥収縮が大きく、それらすべてに追従する余裕(隙間)を取ることが困難であるために大きな開口部を設けることができない。しかしこの住宅ではBlockbauでできた室ヴォリュームのユニット同士の間に窓枠を嵌めているためにその乾燥収縮の問題から少しだけ自由になっています。
スイスの冬は非常に乾燥していて、かつ内部は暖房や強い日差しが入って暖かくなりさらに乾燥するために、設計時に予想していた以上の収縮があったそうです。


ハルデンシュタインにあるズントーの事務所兼住居には楓の(化粧合板)で囲まれたリビングがあります。しかし今回の住宅は木材で量感が全く違う。入ってすぐに家の内部で聞こえる音、暖かさ、木の香りが全然違うことに気づきます。こんなに多くの無垢の木に囲まれた経験は、銭湯にあった小さなサウナくらいだったので、こうした余裕のある空間に身を置くことはとても不思議な感じがしました。
またこの住宅はいわゆるズントー建築と思われているような≪雰囲気のある感じ≫ではなく、なんとも爽やかで健康的、そして伝統的なアルプスの木造建築です。一方でマッシブなコンクリート造と比べれば、同じように素材の量感があってもそれぞれの部材が小さいために見えてくる線(部材同士の接線、継ぎ目)が多くなります。そうした積み上げられた量感は、スケールは違うもののピラミッドのそれのようです。大きな素材が積み上げられて、大きな量感を創り出している。
とは言え、個人的には何か消化しきれずにしっくりこないところがあって、実は置いてある家具に対しても少し違和感がある。だからといってどうあるべきかも自分ではまだわかりません。。

宿泊するにはかなり高額ですが、余裕のある方は一度訪れて見てはどうでしょうか。もしかしたら新しい発見があるかもしれません。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。



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