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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第32回 2018年11月10日
スイスの建築文化

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10月も終わりかけてこの冬初めて雪が降った日に、クールにある職業訓練学校で開催されていたイベントへ向かいました。

それはDer Buendner Heimatschutzが催したものです。Heimatschutzとはスイスの史上重要な自然風景や建物等を指定、保護することを目的に、会員の寄付などから運営されているNPOです。Buendnerというのはグラウビュンデン州のという意味、つまり大本であるHeimatschutzの支部にあたります。
以前紹介したヴァレンダス (Valendas)の塔のある建物を改修して宿泊施設にするプロジェクトは、実はこのHeimatschutzが2005年に設立したStiftung Ferien im Baudenkmalによって進められました。この他にもHeimatschutzは歴史的価値のある建築の保存活動や改修プロジェクトを有識者や建築家とともに行なっています.

スイスにはこれらNPO団体の他にDenkmalpflege (史跡保護)という各州に属している組織があります。よく知られているようにズントーが若かりし頃に働いていたところです。州に属しているぶん政治的な決定力もあり、また逆にその影響を受けるため、中立的立場にある先のHeimatschutzがDenkmalpflegeの活動をけん制することもあるようです。その一例として最近ではクール市内の主な道路であるマサンサー通りの拡張工事を行うために、既存の古い建物(Haus zur Kante)を壊すか保存するかの議論が繰り広げられています。その一方でクールで辺りを見渡せば、あちこちに建設現場のクレーンが見えるほど、新しい建築もどんどん建てられている現状もあります。
ともあれこれら二つの組織がスイスの歴史的価値のある建築物を保存する大きな役割を担っているとも言えます。

スイスで設計活動をしていて面白いなと思うことの一つは、自治体 (Gemeinde)毎に独自の都市計画や建築ルールを制定していて、それが時として創造の自由を縛る、言い換えればそれを上手く解決するための知恵が求められていることです。基本的な姿勢は既存の建築、風景、その歴史を重んじて継承していこうというスタンス。具体的には建築は勾配屋根を持たなくてはならないであるとか、屋根はスレート葺でなくてはならないであるといった事柄です。ハルデンシュタイン(自治体)のズントー事務所がある≪村の核≫と呼ばれる辺りでは、新築は住み手たちが使用するしないに関わらず必ず二台分の駐車場は確保しなくてはならない。新しく建てる建築は既存の家々のように道いっぱいは建てられず、道沿いに塀を建てセットバックして建てなくてはならない。などといった単に建築デザイン、景観上の問題だけではなく、施主にも多くを求める条件があります。
建築家はそれぞれの自治体が持つルールを理解し、それを解決した上で計画を提案する。そしてその考査には他の自治体で活動する建築家がアドバイザーとして参加します。
もちろん建築家は施主の要望に沿うように、建築デザイン上有利に働くようにルールを上手く読み解釈しようとしますが、担当者や現役員の解釈の塩梅にも左右され政治的な部分も関わってくるため、スイスでは概して建築の許可を受けるまでに時間がかかります。建築事務所にとって、こうした≪待ちの期間≫に事務所の動員をどうオーガナイズするかがとても重要になってきます。


イベントへ戻ります。

プログラムを見ると丸一日を使って講演会やワークショップなどが催され、その締めのイベントとしてあるドキュメンタリーフィルムの上映がありました。

そのフィルムは今から20年以上前の1995年にロマンシュ語放送局 (RTR)が地元の建築家を特集して放映したものです。(スイスではドイツ語、フランス後、イタリア語に続き国の公式言語としてロマンシュ語があります。) 登場する建築家はズントー (Peter Zumthor)とカミナダ (Gion Caminada)。カミナダはVrin (フリン)という人口250人程度のグラウビュンデン州にある小さな村出身の建築家でもともとは大工としての教育を受け、その後大学で建築を修めています。
現在はスイス連邦工科大学 (ETH)の教授としてもよく知られていますが、放送当時はあまり知られてはいなかった。一方でちょうどヴァルス (Vals)にある温泉施設で知られていたズントーとともに特集されたことをきっかけに、彼は広く知られるようになったと多くの人から聞きます。(とはいえフィルムを見る限りズントーよりカミナダの方が既に多くの建築を建てて建築家として経験を積んでいる印象がありましたが。)

フィルムを撮ったのはChristoph Schaubという映像作家です。彼はズントーの映像を当時から撮り続けてきた一方、ヘルツォーク ド ムーロン設計の北京オリンピックメインスタジアムを扱った映画 ≪Bird’s Nest≫など建築や建築家を題材に撮った作品が多く、日本でも名前を見聞きしたことがあるかもしれません。ズントーに関する作品では、今回再放映された特集映像とともに他の講演会やインタビューをまとめたダイジェストフィルムを昨年のブレゲンツ美術館での展覧会 ≪Dear to me≫で発表したばかりです。(詳しくは第19回の記事にて) 

20年前のズントーはインタビューで今よりもカジュアルな話ぶりでヴァルスの温泉施設を語ります。今となっては温泉施設で使用された石材として有名な地元で採れる片麻岩ですが、設計当時はイタリア産石材とともに2種類の石を空間の性格によって変えて用いることを検討していたようです。
しかし設計が進んでいき時が経つにつれて、一つの石だけを使った方が良いと考えるようになった。それは同じ石でも切り方や削り方、そしてその部分によって少し赤味がかったり、青みがかったりした様相を表すことがあるという事実があり、そうした素材の特性を≪信じ頼りにする≫ことにしよう、そう思い始めたからだとズントーは言います。
もしあの温泉施設が現在建てられたようでなかったとしたら。。僕にはこの素材を信じ頼りにし始めたことが、ズントーにとって大きなステップだったように思えてなりません。石材だけでなく木材(とりわけ突板)にしてみても、同じ木材からその部分と切り方によって実に多くの表現ができるからです。そうした素材の個性を上手く引き出すことはズントー建築の真骨頂であり、それは彼の設計した建築へ訪れると発見することができます。

温泉施設の建設で用いたその石は一つ一つは小さな石材だけれど、それを何層にも積んでできた大きな量感は地面の下にある地層そのもの。別の言い方をすれば小さな糸を紡いでできた洋服のようだとも、ズントーは自身が着ているジャケットを指差して形容します。
そうした一つの素材を(字義通り)多くの切り口から変容させ表現し直すことは、大きな山から石を削り出し積むことで全く違った印象を与えることになったピラミッドのようです。それは僕にとって建築家として素材に対する素直で健康的な対応であり、魅力的な方法に映ります。
ズントーはコルンバ美術館ではレンガをデンマークのメーカー (Petersen) と開発し、既存の歴史的価値のある旧教会の壁の上に続けて何層にも積み上げています。(その使用された石は現在Kolumbaとして広く販売されています。) 素材そのものの特徴や性質を顕にするだけでなく、必要な素材がない場合は自分たちで開発することなど、現在のズントーの姿勢は当時既にあったとわかります。


一方僕はカミナダという建築家について、学生時代にVrinを訪れ村の建築を回った見たものの、残念ながら勉強不足であまり多くを知りません。今回このフィルム上映をきっかけに別のインタビューをネットで探して見ましたが、建築の考え方、それに対する姿勢にはとても共感を覚えるものがありました。今後、カミナダの建築についても紹介していければと思っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。



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