ときの忘れもの ギャラリー 版画
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第35回 2019年02月10日
大雪から学んだこと

Snow

2019年が始まったばかりの一月中旬、スイスでは観測史上最高とまで言われるほどの大雪になりました。昨夜から降り続く雪は、朝早く起きて共用玄関まわりに降り積もった雪の除雪をしても、夕方頃までには簡単に20cmくらい積もってしまいます。せっかくだからと、僕たちは家の前の庭で自分たちの胸の高さくらいあるかまくらを作ってしまいました。

そんな週末を過ごした後の月曜日、仕事へ向かうと勤務先の設計事務所の辺りにはまだ多くの雪がありました。僕は事務所の除雪係なので、他の同僚と共にスコップで除雪をして塩をまきます。車が通れる道は村役場がオーガナイズした除雪車が雪を「道の傍」にどかすのですが、まさにその「道の傍」にある同僚の駐車場には通りからどかされた雪が胸の高さまで積み上げられていました。

ここで僕は思います。
雪はそう簡単には溶けてはくれない。。その雪をどかして車道を確保することはおそらく最も優先されるべきことだけれど、その雪を傍の私有地に追いやってしまうことは、結局共有の土地から個人の土地へただ雪をゴミのように押しやって移動させただけではないか?
またこうも思います。週末にかまくらを作った時にはあんなに雪をかき集め積み上げることが楽しかったのに、雪をどかして駐車場スペースを確保する作業は、同じ動作であるにもかかわらず感じ方が全然違う。これは一体なんだろう。。

駐車場を確保するのに、またその雪を別の場所へ移動させてもきりがないので、考えた挙句に溶けやすいように分散させながら辺りに満遍なく雪を撒くことにしました。でもやっていることはなんだか出戻りしたような感じです。早朝に丸一時間を使って四人がかりで三台ぶんの駐車スペースを確保した頃には、雪が雨に変わって少しだけ積もった雪を溶かし始めました。数時間すれば僕たちがもう一度“整備した“雪くらいは、簡単に溶かしてくれるでしょう。自然とは力強く、そして結構気まぐれです。

こんなふうにして僕たちが月曜の朝に遭遇した問題は解決できましたが、実はクールという街全体でも積雪処理は大きな問題として取り上げられていました。地方新聞によれば、街の車道や歩道、バス停などを確保するために回収され運ばれた雪の一時保管所はどこもいっぱいになってしまって、街の西端にある大きな駐車場に暫定的に運び込まれ、写真にあるようにかなり大きな山を作っているようです。この事態を踏まえてクール市では、不純物の少ない積雪後二日以内の雪を解決案としてライン川に捨てることができるように条例の整備を始めました。


思い返せば数年前の2013年、僕はU30という展覧会で≪環境器≫という建築を発表する機会を得ました。*当時のパンフレットはこちら
そこでは自分が責任を持てる範囲を≪責任領域≫という少し堅苦しい言葉を使って説明しました。言葉通りに、その範囲内では自分は責任を持って物事を管理しやりくりすることができるという意味です。その範囲の大きさを決める線引き加減は、実は自分次第で、ある人はとても大きな範囲を示すことができ、ある人は自分の部屋くらいの大きさでしか責任を持てません。
もちろんその範囲は一つの領域ではなく、いくつかの異なる場所に島のようになることもあります。

僕が新年早々体験した雪の話はまさにこのことでした。除雪車は村の指示で車道の雪をどかしたけれど、それは村が保持している責任領域を綺麗にしたにすぎず、そこにあった雪は他の個人が所有する別の責任領域へ、いわばただ右から左に移動させられただけです。その雪は、場合によってはスキーやかまくらなどに使われる、どこかの誰かは捨てたいと思い、別の誰かは同時に欲しいと思うようなもの。僕たちは自分の周りだけでなく、もう少し大きな視点で見渡して見ると、結構ちぐはぐな行動をしているのかもしれません。

(写真は1月22日付の新聞 suedostschweiz より)
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。


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