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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第36回 2019年03月10日
スイスでのインターン

僕の住んでいるクールでは例年にない暖かな日が続いています。あれだけ積もっていた雪も今ではすっかり溶け、春の兆しが見えてくるにつれて事務所の雰囲気も少しずつ活気付いてきたように感じます。この季節は日本でも卒業入学と変化の時期です。

事務所のワークショップで働くインターン生は春と夏に約一年の研修を経て新しい人たちと入れ替わります。そうして毎年6-8名の学生が世界各国からやってくる。その総数は事務所で働くスタッフの約4分の1に当たり、彼らは決まって新しい文化と世代の風をバックグラウンドとして運んでくるので、事務所の雰囲気はその年のインターン生の顔ぶれによって決まると言っても過言ではありません。
先月はこの春夏に新しく入ってくるインターン希望の学生たちと面接を行いました。応募者の多くは修士過程をスタートする前の学部卒生、または修了制作を間近に控えた修士過程の学生、時には修了したばかりの建築家の卵、と学年に多少の違いがあるものの同世代の人たちです。ポートフォリオでの事前審査の上、面接を行います。

興味深いことに、書類審査の一つであるポートフォリオ(設計課題作品集)の多くは個々人の表現を超えて、学んでいる大学やそこでの設計スタジオの特色に大きく拠っています。具体的に極端な例を挙げれば、イギリスのAAスクールで学ぶ学生とスイスのETHチューリッヒ校で学ぶ学生、同じスイス国内でもイタリア語圏のメンドリジオで学ぶ学生、もっとざっくり言えばインドで学んでいる学生のポートフォリオは、その経歴を見る前にどこで、時に誰の元で勉強しているのかがわかってしまうほどです。
課題のテーマ設定、表現のスタイルが国や地域によって大きく違うのは、その課題で設定するプロジェクトの計画敷地が違うことからも容易に想像できます。建てられる場所や社会が違えば、その土地の文化を体現している建築の様子も違う。

そうした背景から制作された設計作品は、それぞれの学生が持つキャラクターを捉えようとするのにはぼんやりとしていて、どういった個人的な意思を持って制作したのかを理解するのは簡単ではありません。そこでは(僕も後になって知ったことだけれど)、多くの成果物や情報が詰まった分厚い作品集よりも、削りに削って限られた情報を丁寧に見せている意思のはっきりとした作品集の方が印象に残ります。必ずしも分かりやすいデザインコンセプトである必要ないけれど、全てを語ろうとするよりもかなり整頓された主張と表現であることが求められます。


僕が学生だった頃を思い返せば、日本ではそれぞれの学生が興味を持っていることを突き進めながら設計デザインをして、その成果物を設計作品として評価するということに講師、教授陣が寛容でした。他方スイスのETHでは、設計スタジオの教授の設計思考に沿ったものを設計することがスタジオの雰囲気やアシスタントとのやりとりから強く求められていたように感じました。
僕はそれを始め大変窮屈で束縛されているようにも感じたけれど、別の言い方をすれば学生はまず大学で教授の設計の仕方を真似しながら学ぶ必要がある。そうして卒業後に働きながら自分のスタイルを築いて、自分のやりたいことを突き進めていく。というまるで武士道でいう「守、破、離」のステップのようにも考えられます。まず基礎をきちんと学ぶという意味では、その方法は悪くないのかもしれません。

時として課題提出模型の素材からサイズ、イメージパースの構図に至るまでスタジオによって決められているような表現の制限の中では、逆にその具体的な設計デザインに意識が集約されて、デザインによるそれぞれの学生の考えの違いが顕になる。そもそも、学生が各々違ったテーマや前提条件を持って進められたプロジェクトでは、評価する側もそれらを相対的に理解することが難しい。他の学生たちにとっても、テーマを共有して問題をクリアにし、議論しながら解決策を発展させていこうとするには向いていないかもしれません。


そんなポートフォリオ選定の後に、志願者のインタビューは現ワークショップのチーフ、元チーフの僕と人事担当者の3人で行っています。 人事担当者はもっぱら面接での印象や話し方、振る舞いなどをチェックしていきます。

僕たちは一度彼らのポートフォリオをチェックして内容は大体頭に入っているので、インタビューではその作品自体の良し悪しや最終的なクオリティではなく、どういった前提条件が与えられ、それらに応えながらどうやって最終的なアイデアに至り、それを成果物として表現しているか。その説明を簡潔かつ的確にプレゼンできているかにフォーカスして見ていきます。
僕もおそらくそうであったように、プロジェクトを短い時間内に説明し、その考えを正確に伝えるのは全然容易ではありません。説明すべき事柄の比重を間違えて自分の建築に対する思いや感情ばかり説明してしまったり、過剰に自分の成果の多さを強調したりするのは、実はチームプレーである建築設計においては時としてマイナスの印象を与えることにもなってしまいます。


例として僕たちの事務所を挙げましたが、こうした話はおそらく多くの別の事務所にも当てはまるようなことだと思います。先月にはa+uのスイス特集も出版され、興味深い設計事務所が多く紹介されました。日本にいる学生さんたちも、スイスで建築インターンシップをすることを検討してみてはどうでしょうか?実は僕も学生時代にチューリッヒの小さな設計事務所でインターンシップをして、今後の建築を考える上でとても勉強になりました。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。


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