杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第40回 2019年07月10日 |
職人と建築家のあいだ
今回は久々のワークショップシリーズ。先日訪問する機会のあった金属工(Metallbau)の工房と彼の仕事について紹介しようと思います。 スイス建築家ピーターズントーが家具職人の家に生まれ、幼い頃から物を作る環境が周りにあったこと。そして実の父親の元で家具職人としての手ほどきを受けたことはよく知られています。そしてまた、家具にしろ建築にしろ、自身が≪作り手の意識を持って≫デザインすることは≪物が組み立てられる手順とその合理性≫を大切にする彼の建築に対する姿勢にもよく表れています。 そうしたバックグラウンドもあって、ズントーは建築を組み立てる際に必要な職人の技術を上手に活かせるような細部の設計を頭に入れてデザインをします。言い換えれば、建築を図面に描かれ指定されたように成立させるには、実際の作り手である職人たちに相応の技術が求められているということになります。熟練工(俗にいう腕の良い職人)であり、頼まれた仕事に対して≪今まで作ったことがないけれど挑戦してみよう!≫という意欲を持ち、さらに意見交換をしながらデザインを共に発展させていくことができるような柔軟さのある職人や技術者に出会うことは、さながら運命の人との巡り合わせのように、そう簡単に起こりうることではありません。そういった事実≪建築デザインとそのクオリティが、かなり作り手に依っている≫という側面は、もしかしたら広く知られていないことかもしれません。素晴らしい建築ができると注目されるのはいつも建築家ばかりですが、実際は、建築という行為はチームプレーです。 現在僕たちの事務所には、机や椅子といった家具であればこの人、大工仕事であればこの人、そして室内装飾(ソファやクッションなど)であればこの人、とそれぞれの分野でいつも協働する職人たちがいます。その関係は今に始まったことではなく、彼らでこそ恊働し始めた当時は熟練工とは言えなかったかもしれない。それでも意欲を持って一緒にものを作り上げていこうとする気持ちがあって成り立ってきたのです。そのデザインプロセスでは、建築家が発注者であり、職人がそれを受けて作るという上下関係はなく、建築家が作り手である職人の技術はもとより、彼らの技術に裏付けられた発想を尊重し受け入れ、ともに発展させていく姿勢を持つことがとても重要になります。 20-30年と長く仕事のパートナーとして付き合っていくうちに、相手の職人もズントーのデザインの組み立て方がわかってくるので、ディティール(素材の仕上げから異なる部材同士の収まりまで)は図面として描かれる前に、ふとした話し合いの中で、阿吽の呼吸をともなったコミュニケーションによって決定されていくことが多々あります。実は過去に作られた家具の図面を見ると、驚くほどに細部が言及されていない場合もあって、作り手である職人の技量や考えに任せていることもあるため、側から内容を理解するのに困ることもしばしばです。悲 こうした点は裏を返せば職人への信頼が読めると言ってもいいかもしれません。 実は今回訪れた金属工M氏もその一人、彼はもう30年以上もズントーと仕事をし、オルジアティ(Valerio Olgiati)やデプラツェス(Bearth&Deplazes)といった建築家たちとも仕事をしているといいます。初めての大きな仕事はヴァルスの温泉施設(Therme Vals)で、手すり子を設置するために1日100本以上の穴を開けなければならず、1日であんなにたくさんの穴を開けたことはなかったと当時を振り返って語ってくれました。最近では僕たちの新しい事務所にある鉄製の手すりも彼の仕事です。その階段を日常的に何度も上り下りしていると、その際に触れる手すりの繊細な手触りに、それまで荒々しく時に冷たいイメージのあった鉄がこんなにも暖かなものだったかと気づかせてくれます。 彼の仕事場は、僕たちの事務所があるハルデンシュタイン(Haldenstein)から車で20分くらい離れた場所。グーグルマップでナビゲーションされたところには浄水場しかなく、進入禁止の看板に失礼しながら車を進め、犬の散歩をしている人に道案内してもらってようやく目的のエリアに来ました。近くの村からはそう離れていないものの、かなり辺鄙なところにあります。30°はあるかという急な坂道(それも舗装されていない!)を車の底を地面にかすりながら下っていくと、建設重機や仮設のコルゲートでできた倉庫があちこちに散乱している、あたかも建設現場のような工房兼住居が見えてきました。そんな状態は後になって振り返ってみれば、ものづくりに人並みならない情熱をもった彼の人柄と気性をそのまま体現したかのようでもありました。 彼の家はなんとセルフビルド。主構造はコンクリートブロックの二重壁で、あいだに断熱材(ロックウール)が埋め込まれています。窓枠はスチール製で彼自身の作。約30年前の建てられた当時、コンクリートブロック構造であったこの地上4階建規模の建築には、建設許可が降りないのではないかと心配だったと彼は言います。しかしそんな時に、奇しくもズントーがクールヴァルデン(Churwalden)で同じようにコンクリートブロックでできた小学校を建てたために、前例があるとして運良く許可を受けることができたのではないかと、当時の余談を話してくれました。 工房内は実に様々な種類の機械や工具が多く、車輪のついた機械たちを動かしながら働くスペースを随時作っていくという感じでした。見たことのある機械、初めて見たけれど用途が想像できる機械、何のためか全くわからない機械があちこちにあり、全体にオイルの匂いがする、いかにも金属工房という場所。驚き感心している僕たちを見て、彼は≪君たちの事務所の工房の方がよっぽど整頓されているね≫なんて冗談交じりに話していましたが、これだけの工具機材を一人で使い切る技量は人並みではありません。(彼はほぼ一人で、時に一人の非常勤のアシスタントと二人で作業しています。) セルフビルドとは言え、外観デザインとそのコンクリブロック積みは彼の能力に余るところがあったらしく、協働したことのあったチューリッヒの建築家に正確に図面を引いてもらったそうです。そうした経緯もあってか外観のデザインスタイルはどこか時代を感じる作風です。それは1970年台前半、スイス連邦工科大学チューリッヒ校にてイタリア建築家アルドロッシが教鞭をとり影響を与えていったその面影みたいなものが見える、と解釈することもできるかもしれません。先述したズントー設計のクールヴァルデンにある小学校からもそんな時代の影響を感じざるを得ません。実際にこの小学校がズントーの5冊組の作品集に載っていないのは、まだズントーのスタイルが定まっていない時期だったからとも聞いています。 ともあれ僕が最も印象深かったのは彼がどう生き、金物職人としてどう働いてきたかというところにありました。彼は言います。 ≪僕の父親は石積み職人(そういう職業名があったのかはわかりません)で、父親の世代ではまだ自分自身の手で家具を作り、ドアを作り、配管や配線もいじり、家を改装したり建てたりといったことが当たり前の時代だった。だから自然と自分が家を建てることも例外的ではなかった。今ではドアや家具の完成品をホームセンターで購入することさえできるけれど、当時は配管も何もかも自分でやるしかなかった。≫ 金属細工としての手ほどきを受け、そこから独学で溶接や加工のテクニックを学び、身の回りの物の作り方を学んでいったそうです。そうした≪ないものは自分で作る≫という考え方は建築家の仕事に大いに通じるものがあります。日本では、少なくとも僕の周りでは、スイスやドイツにしばしば見られるように≪自宅に父親の日曜大工工房がある≫という友人はいなかったので、自宅をしかも4階建の家を自分で作ってしまうというのは全く想定外の発想でした。そしてまた、彼の家はそこにあった間に合わせの材料で即興的に作られたものではなく、全体を一つのコンセプトないし美学をもって組み立て作られている。ここは間違えてこうなってしまった、もしくはこうならざるえなくなった。というどこか後ろめたい対応はありません。あらかじめ考えられ準備され、相応の情報を含んだ図面を描き、そして作られた跡がある。 一言で建築家(アーキテクト)と言っても、それぞれの人が専門にしている細分化された分野は様々です。そういった意味で今回訪れた金属工の彼も建築家と呼ぶにふさわしい、一つのあり方であるように僕は思いました。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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