杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第44回 2019年11月10日 |
カランダ登頂
今回はクールの街を囲んでいる山の一つである、カランダに登頂したことについて綴ろうと思います。 10月のとある日曜日、住まいのあるクール(chur)と仕事場のあるハルデンシュタイン(Haldenstein)の裏に聳えているカランダ(Calanda)へマウンテンバイクで登っていくことになりました。一緒に行く友人とその同僚たち三人はその服装からして自転車での山登りに慣れている様子だったのですが、僕はカランダへ登るのも、マウンテンバイクで山登りをするのも初めてです。。ということで、他の人たちの足を引っ張らないようにと、エレクトロマウンテンバイク(E-bike)を借りていくことにしました笑。 スイスでは、とりわけ僕の住んでいるグラウビュンデン地方には標高の高い山が数多くあるため、登山やスキーはもとよりバイクスポーツに人気があります。クールからバスで30分弱のレンツァーハイデ(Lenzerheide)という地域では、マウンテンバイクのワールドカップ(UCI Mountainbike Worldcup)も行われるくらい。そこまで足を延ばさなくとも、クール市内にあるゴンドラに乗ってアクセスできるブランブルッシュ(Brambrueesch)にはダウンヒルのバイクパークが整備されていて、ゴンドラの発着駅には泥だらけになったバイクを運ぶ、全身プロテクターを付けたバイカー達をよく見かけます。電車好きの方、建築好きの方のみならず、マウンテンバイクを趣味としている人たちにとっても、クールという街はとても人気があるようなのです。 僕も普段使いのロードバイクの他に中古のマウンテンバイクを持ってはいるのですが、もっぱら平坦な砂利道を走るために使われているだけでマウンテンでは使ったことがありません悲。まったくの名前負けです。 トレーニングを積んでいる体力に自信のある人は普通のマウンテンバイクで山頂近くまで行けてしまうのですが、僕のような初心者や、そうでなくとも高齢の方にとってはハードルの高い挑戦です。電動自転車は日本でもかなり前からシティバイクとして見かけることはありましたが、僕はエレクトロマウンテンバイクについてはスイスに来て初めて知りました。山道の多いスイスならでは。街なかで宣伝広告をよく目にします。普及しているとはいえまだ価格は非常に高く、手頃なものでも一台数十万円する。購入する感覚としては手頃な軽自動車と変わらないような気もしてしまいます。。 とは言ってもここは銀行国スイス。購買層である中高年の方々は体力はなくなってきているものの購買力はある笑とバイクショップの店員さんが教えてくれたように、近年かなり大きなマーケットになっているようです。 そしていざ出発の朝、重大なハプニングが起きました。バッテリーはほぼ満タンであるのにEバイクの電源が入らない。電源を入れるスイッチとそのデジタルディスプレイが機能しない。友人達の助けを求めたものの、彼らはもちろんEバイクに乗ったことなどありません。インターネットで見つけたマニュアルを見ながらあーだこーだを繰り返して20分、いろいろ試してはみたものの解決策は見当たらず。どこのバイクショップも日曜定休日。と八方塞がりになってしまい、止む無く自前の普通のマウンテンバイクで向かうことになりました。 まずはクールから仕事場のあるハルデンシュタインへ向かいます。この辺りは標高600mくらい。毎朝仕事場へ通う道からカランダ頂上への道が分岐しているのです。ここら辺は慣れたもの、とはじめは調子が良かった。。 自転車で山道を上がっていくと聞いて、いわゆる≪立ちこぎ≫をイメージしていたのですが笑、実際はギアを一番軽くしてひたすら足を回して登っていく。僕を除いた友人たちの恰好は、身体にぴったりとしたカラフルなスポーツウェア、サドルに座る部分にクッションがついたパンツ。シューズは金具の付いた自転車用のものという風に、いかにもデキる感じ。でも進み方はけっこう地味でゆっくりです。あえて言わなかったのだけれど、歩いて行ったほうが早いんじゃないか?と思ってしまう瞬間が何度かありました。そんな速度だから、はじめの一時間くらいは結構余裕だったのですが、トレーニングを全くしていなかった僕は目標までの三分の一を過ぎたころから太もものひざ上あたりが悲鳴を上げ、終始足がつったように筋肉が硬直してしまいました。これが本当につらい。他の三人はどんどん先に行ってしまうのだけれど、一定の距離を進んだのちにいつも止まって僕を待っていてくれたので、ここであきらめて引き返すわけにもいきません。 今日ほどマイペースという言葉がしっくり来たことがないくらい、自分のペースを決めてひたすら足の反復運動をしました。調子が良くなると、前を走る友人たちとの距離を少しでも縮めようと早くペダルをこいだりするのですが、これが逆効果。呼吸のペースが乱れて逆に少し休憩しないとダメなくらいに足が疲れてしまいます。マイペースを守るというのはこのことか。と今さらながらに理解します。 最後の200mくらいは時折自転車をひいて歩いていきながらも、なんとか標高2000mまで来ました。ここにはカランダヒュッテと呼ばれる宿泊小屋があり、そこで簡単な食事もできる。今朝は電源が入らないハプニングがあってごたごたしながら出発してきてしまったので、朝ごはんもろくに食べていませんでした。これまた朝ごはんを食べないとパワーが出ないとはこのことか。と身をもって理解します。 自転車で登って来れるのはここまでです。僕たちは朝8時半頃に出発してここへ着いたのは12過ぎ。途中の休憩を含めて、大体4時間弱自転車で登ってきたことになります。 もちろんここで終わりではありません。既に足はパンパンに張っていますが、さらに約二時間かけて山頂2805mまで徒歩で向かいます。 十分にお昼ごはん休憩をとったせいか、それとも自転車で使う足の筋肉と登山で使うそれとが違うせいか、意外とスムーズな足取りで登っていきます。道らしきものはあるものの、小石が多かったり斜面が急だったりしている上に、崖のすぐそばを通らなくてはいけない箇所があったり。滑って落ちはしないかと心配で進みづらくなることもありました。 黙々と歩いているとどうしても意識が自分の中に向いて来ます。足は依然として動いているものの、心は別のところへ。標高での気圧の違いもあってか、耳栓をしたように周りの音が小さく聞こえ、頭では今まさに見ている自然の岩石や高山植物のこと、そして設計のことを考えてしまう。こういう時こそ意外と良いアイデア、問題の解決策が浮かんでくるのは不思議です。 そうこうしているうちに、あと少しというところまで来ました。先週急に気温が下がった日があったせいか、当時降った雪がちらほら残っています。これがまた足場を悪くする。最後は登山とクライミングの間くらいのスリルをもってようやく頂上に着きました。 自転車と徒歩で山登りをしたのは、記憶にある限りこれが初めてでした。登頂すると今まで嫌だ、きついと文句を言いそうになっていた気持ちが吹き飛び、得も言われぬ達成感があります。ただ登っただけで何かアウトプットをしたわけでも創り出したわけでもありません。このスカッとした気持ち。と同時に、まだ下山しなければいけないので気を抜けきれない感じ。高いところに登って眺めることのできた、スイス、ドイツそしてオーストリアにまたがる遠くのボーデン湖や、眼下にあるクールの街。そうした景色はもちろんすごかったけれど、それ以上に良い緊張感を伴った開放感が気持ちよい。一体今までに何万人の人がここを訪れたのだろう、といったような感慨に浸る瞬間が、どこか素晴らしい建築を体験してきた時と同じように思えてしまった一日でした。 帰りは山頂から30分かけて宿泊小屋まで降り、そして40分かけて自転車で高さ1400mを降りました。このあっけなさがまたなんとも言えないのです。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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