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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第46回 2020年01月10日
新年明けましておめでとうございます。


昨年もエッセイをきっかけにいくつかの新しい交流が生まれ、
アーキテクチャーフォト(architecturephoto)でも隔月のエッセイをスタートさせることができました。

今年はときの忘れものにて個展の開催を計画しています。


スイスに来て6年目になりました。

このエッセイで、スイスの建築、文化そして暮らしをぽつぽつと紹介してきましたが、
知ったようでいて笑、実は全ての物事において、まだまだわからないことだらけです。

むしろエッセイを綴ることを通して、新しく調べながら、学びながらすすめてきました。
そして、これからも続けていきたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

新年へ滑り出し


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今回は年末に訪れたサンモリッツ周辺について少し紹介します。


友人が改修したアパートに訪れるために、クリスマス休暇の始まった頃、サンモリッツ(St.moritz) へ向かいました。

僕の住んでいるクール(Chur) からサンモリッツへは、ベルニーナ特急(Bernina Express)を利用して乗り換えなしで向かうことができます。
このベルニーナ特急を運営するレーティッシュ鉄道(Raetische Bahn)は、日本の箱根登山鉄道と40年以上の姉妹鉄道提携関係にあります。そのため、クール駅のプラットフォームでは日本語で「クール」と記された駅名の看板があり、運が良ければ、日本語で「箱根登山鉄道」と描かれた車両を見かけることができます。

クール駅は、サンモリッツを通ってイタリアとの国境付近の街、ティラーノ(Tirano)へ向かうベルニーナ特急と、サンモリッツからツェルマットへ向かう氷河特急、両路線の主要駅です。
この路線の一部は、ユネスコ世界遺産に登録されており、そのため各国から、とりわけ日本をはじめとしたアジア諸国からの観光客が駅に集まります。スイスの鉄道を愉しむ人々にとって、クールは避けて通れない街なのです笑。


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電車に乗り込みます。この列車の見どころを整理しておきましょう。
約1700mの標高差を走る鉄道。山々をつなぐ数えきれないほど(196本)の橋梁。山を通り抜ける長いトンネル(55箇所)。渓谷に沿って走る線路。。

また、スイスのドイツ語圏とイタリア語圏をまたぐ山を越えると、グレーを基調とした曇り空のようなドイツ語圏の村から、赤や黄色の太陽のような明るいイタリア語圏の村へと景色が変わっていきます。
そこで人は、言葉が文化を作り、そして建物が文化を体現していることを改めて認識させられる。僕はこの国境ならぬ言語境、言語と建築文化の密接なつながりにとても興味があります。


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今回は雪が降り続けているせいもあってか、静寂が見て取れる窓の外の景色を眺めながら、約2時間の旅です。クールからサンモリッツへ向かうアルブラ線なら、進行方向に向かって右側の席がオススメです。


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サンモリッツに着きました。

この街は、19世紀に英国人が保養地として開拓したという歴史もあって、英国から、最近ではイタリアからお金持ちがやってきては、クリスマスや年末休暇を過ごします。
老舗高級ホテルであるBadrutt’s Palace Hotelはとりわけ有名で、そのホテルは「お客様の要望をなんでも準備できる」というのが名文句。かつては女性へのプレゼントに、象を運んで来た。なんていう話もあります。ただ、やってきた象は大きすぎて建物の入り口を通ることができなかったのですが。。。

そんな典型的な高級リゾート地サンモリッツは僕には少し場違いなところ。一方で村の中心から目の前の湖に目を向けて、その周りを散歩しながら日々凍っていく水面を眺めていると、少しだけホッとした気持ちにさせてくれます。
どうやら、この湖(少なくとも水面から厚さ40cmくらい)が完全に凍る2月に、毎年恒例、馬の氷上レースがあるようなのです。氷の上で競馬やポロをする。。? 
常識を脱していたホテルみたいに、滑稽にすら思えてしまうほど飛んだ発想です。


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サンモリッツのみならず、比較的近くに多くの観光地があります。
サメダン(Samedan)へは電車で10分弱、そこにはミラー&マランタが設計した温泉施設(上の写真)が。ヴァレリオ オルジアティ設計の有名な自然博物館があるツェルネッツ(Zernez)へは45分。また電車で50分離れたスーシュ(Susch)に近年オープンした現代アートの美術館も見応えがあります。
これらの建築は、スイス国内のみならず広く知られているため、この建築を見るために。とピンポイントで訪れて来る建築関係者も多いのです。

このエンガーディーン(Engadin)地方はハイキング、スキーそして建築、温泉巡りと訪れる目的が多く、休暇と言えばエンガーディーンと言わんばかりに、スイス国内からも人気があります。

さて僕たちはと言えば、サンモリッツで友人が設計改修したアパートに泊まり、明くる夕方に、電車で30分ほど離れたプレーダ(Preda)という街まで向かい、そこで橇を借りて隣駅のベルギュン(Bergun)まで滑って向かうことにしました。

プレーダ駅へ着くと、すぐに目の前に橇レンタルショップがありました。
一人乗り、二人乗り。またそれぞれに接雪面が少ないもの、つまり速度が出やすいものと通常のものの二種類のタイプがあります。

友人はナイトスキーならぬナイトスレッジが有名だと勧めてくれたので、スタート地点までゆっくりとそぞろ歩き、十分に暗くなってライトアップされるまで待つことにしました。

橇の道は、夏は自動車道として利用されています。ある程度道幅があり、そして石橋の下を通る箇所も。夜、部分的にライトアップされた景色を見ながらの滑りは、昼間よりもスピードが出ているように感じて、スリルがあります。


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スキーヤーにとっては、雪がたくさん降った次の日は雪面が柔らかくて滑りやすいのですが、橇ではあまりにも雪面が柔らかいとうまく滑らず、ブレーキをしたように止まってしまいます。
まだいくらか雪が降っている最中であったこともあって、本来はものすごくスピードが出て危険に感じるくらいな箇所でも、割と安全に滑っていくことができました。

プレーダからベルギュンへの所要時間30-40分くらい。そうこうしているうちにベルギュンの村へ着き、ホテルのレストランで定番のチーズフォンデュを食べます。このナイトスレッジとチーズフォンデュディナーのセットは、友人のおすすめコース。なんだか久しぶりに、ガイドブックで紹介されているようなレジャーを満喫しました。

帰りはベルギュンからはプレーダを通ってサンモリッツまで電車で45分です。


スイスドイツ語圏での年末年始の挨拶は、
≪Frohe Weinachten und einen guten Rutsch ins neue Jahr≫
「メリークリスマス、そして良いお年を」となるわけですが、Rutschというのはドイツ語で滑るという意味。日本では滑ると聞くとどこかネガティブなイメージがありますが、ここはスイス。今回のナイトスレッジで、新しい年にうまく滑り込むことができました笑。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、アーキテクチャーフォトにて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。

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