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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第50回 2050年05月10日
働き方が変わる時 / 建築が変わる時

≪スイスの現状≫
世界の多くの国々と同じように、僕の住んでいるスイスでも、感染症の影響で3月中旬から学校は閉校。スポーツ、文化施設は閉鎖。外出は日用必需品の買い物や、ホームオフィスが難しい人の出勤など、止む終えない場合を除いて自粛するような措置が取られています。

今この原稿を書いているのは四月末日。4月27日からホームセンターや理髪店がオープンしました。5月11日からは約2ヶ月ぶりに学校がスタートし、また飲食店が営業再開となります。

とはいえ、生徒はこまめな消毒をしながら、そしてレストランのテーブルは社会的距離(2m)を保ちながら配置され、今までとは全く違った「再開」となりそうです。

春の天気が気持ち良く、外に出てハイキングやスポーツを楽しみたい時期ですが、まだまだ気の抜けない状況が続いているのが事実です。

こうした状況を憂うよりも、受け入れて自分たちが順応していかなくてはいけない。という姿勢が、今できる最善の対応なのかもしれません。
いろいろなことに対して、僕たちが良い方向へ変わることのできるチャンスとポジティブに捉えて。
今後、こんな状況がどのくらい続くのかわかりませんが、僕たちは建築家として仕事を進めていかなくてはいけないし、工事は遅れながらも、幸いに建設現場はまだ封鎖されていない。。
今回は、こうしたスイスの、また自身の状況を踏まえて、これからどうやって仕事を進めていけるのか、いくべきなのかを考えながら、綴っていこうと思います。


≪今の働き方≫
ズントー事務所では在宅ワークが可能です。何人かのスタッフは自宅から設計作業をして、またオンラインでミーティングに参加しています。

事務所では主に所内にあるワークショップで建築の模型を作りながら、設計を進めていく方法を取っています。そのため、自宅で設計デザインの方向性を考えて図面を描くことができても、それを空間として組み立て作り上げていく段階に入ると、どうしても在宅勤務ではうまくいかない局面があるのも事実です。

そんな仕事の進め方を考慮した上で、安心して事務所勤務ができるような措置を取ることになりました。具体的には、現在30人くらいのスタッフが9箇所のワークススペースに分配され、設計スタッフとインターンがプロジェクト毎に最大3人のチームとなって配置されています。

ズントー事務所には3つの建物があります。
1986年竣工の木造アトリエ。2005年竣工のコンクリートアトリエ。そして2016年竣工の新アトリエです。それぞれのアトリエは、互いにすぐ歩ける距離にありますが、在宅勤務や他グループのスタッフとのコミュニケーション、クライアントやエンジニアとのミーティングは基本的にZoom (オンラインミーティングアプリ) やスカイプを介して行なっています。

先ほども触れたように、僕たちの設計スタディの中心はワークショップです。
縮尺の異なる模型が、それぞれの抽象度を保ちながら並び、縮尺を介した抽象と具体の行き来をしながら設計デザインを詰めていきます。

模型は単なる3Dモデルではありません。
朝昼夜の太陽光によって微妙にニュアンスの変わる素材の色があり、テクスチュアがあり、何より人が作ったことによる良い粗さがあり、そしてちょっと間違って触れたら壊れてしまうハプニングもある笑。

そこには人と人とのコミュニケーションだけではなく、模型を介したリアルなコミュニケーションがある。ディスカッションの最中に模型をいじりながら即興で行う、デザインアップデートは欠かせません。
そんな設計手順から取って代わりつつある、オンラインを介したコミュニケーションでは、どうしてもまだ掬いきることのできない情報があります。

実際に模型を覗いて、触れながらデザインを変更できない歯がゆさ。
画面の向こうにいる人が見せる、微妙なミミックや手ぶりそぶりが見て取れない。
ディスカッションの良い緊張感や独特な場の雰囲気を感じられない。。

0.5秒にも満たないタイムラグでさえ、時として設計作業のライブ感を損なうことがあります。
スポーツのような臨場感が、ディスカッションにはあってしかりなのです。


≪プロセスが個性をつくる≫
僕たちが設計を進める際には、抽象度の高い事柄 (例えば部屋の機能や空間の構成を判断するステップ) があり、そして具体的な素材のあり方 (具体的には木ならどの種類で、どういった表面加工であるのかというステップ) があって。。というように、抽象から具象へ移行していく段階的なプロセスを、必ずしも踏んでいくわけではありません。
むしろ、それらを計画のかなり早い時期に、模型を使って同時に決めていくことがほとんどです(設計スタディについて以前の記事を参考にしてください)

プロジェクトに対して、個々の建築家による固有のデザイン / 回答が求められているとすれば、それぞれの建築家が通ってくる設計プロセスにこそ他者との違いが現れ、建築家の個性を表すことになる。と僕は考えています。

つまり、複数の建築家が同じアイデアや前提条件をもって設計を進めても、その設計プロセス、方法論が違えば、成果物は必ず変わってくる。ということになると思います。
それくらい、設計プロセス、ツールというのは大切なのです。

社会的距離を取りながらの生活を強いられている現状況では、設計方法の変化が否応がなしに求められている。これから、僕たち事務所の設計の進め方も変化して、成果物にも変化が現れると思っています。

僕はその変化をポジティブに捉え、自分たち自身のことながら、どうなっていくかとても楽しみにしているところです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。




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