杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第51回 2020年06月10日 |
建物の顔
* 実家のある敷地内に、庭を挟んで隣に住んでいた祖父母の家は、部屋の大半が和室の木造家屋でした。和室の南側の障子を開けると小さな廊下があって、表玄関へとつながり、さらに南側は引き戸によって庭とつながっていました。 引き戸の一部を開け放って、薄いカーテンを風で踊らせ、鈍く光る廊下の床に座ってアイスキャンデーを食べながら、外の庭にある植栽を眺めていたのを思い出します。 そこにはごろごろとした、手のひら二倍くらいの大きさがある石と、丸く刈られたイヌマキがありました。 傍ではいつも、曽祖母が床に座って編み物をし、僕にゆったりとした口調で話しかけてくれました。今、思い起こせば、その場所は縁側と呼ぶことができそうです。 そんな建物の内側から外を眺めていた思い出ばかりがあって、外観はどうだったろうか、実はあまり鮮明に思い出すことができません。 * * 学生時代に初めて訪れたヨーロッパの街は、多くが建物の顔によってできていました。 スイスからイタリアへ南下して、シエナの街、カンポ広場に座って周りを見渡した時、その場を囲っている建物の顔は、どうしてこんなに多彩なのだろう。と腰を下ろしてふと気付きました。 お互いに装飾や色のトーン、見た目が似ているけれど、やっぱりそれぞれに違う。 その小さなバリエーションが、どれだけこの広場の雰囲気に寄与しているのだろう。 こうできあがった。という結果がわかっていても、どうしてそうなったのか。の要因や過程がわからず、疑問は今もずっとここにあります。 広場を中心にして、そこから派生していく道があって、その道に面して建物が建っている。 もしくは、建物が建つことで、同時に何も建てられていない場所が浮かび上がり、それがつながって広場や道となっている。後者のそれをドイツ語ではGebaute Leere (建てられた空白) とも呼びます。 広場や道を軸に建物を眺めていくのか、建物を中心に回りにある道を見つけていくのかでは、結果として同じものを見ていても、認識の仕方が全く違ってます。 * * * 僕の育った地域では、どこへ行くにも自動車が必要でした。そこでは道路によって区画された敷地を把握し、そこにある建物を理解していました。 シエナの街にある建物に比べてみれば、祖父母の家は、二車線の自動車道路によって分けられた敷地の回りに塀を建て、庭を前にして建っている、顔なしの建物だったのかもしれません。 屋根は瓦できっちりと風格を出していた。帽子はあっても、はたして顔はあったのか。。 ≪建物の顔≫は、人間の顔をそのものを真似て、ただ面白おかしくデザインされているわけではありません。 各階の床が水平ラインをつくり、人の腰の高さ辺りから窓が開けられる。 時にはベランダがあって、足元から天井まである大きなガラスの引き戸がある。そして何より、ベランダの手すりのデザインが建物の顔を演出する。 (もちろん、ヨーロッパの古い街で見かける建物は多くが組石造であって、構造強度を理由に、大きな開口部を開けることができません。その結果、小さな窓がいくつも間隔をおいて開けられることになります。開口部を比較的自由に設定できる日本の木造軸組構造とは、前提条件が異なります) 建物の顔、窓やベランダを含めた外装全体が、各々のユニットに分かれ、抽象化されたものとして見えてくる。それを抽出して描き直す。 建物を面に置き換えて、その間にある建てられた空白を浮かび上がらせる。 この度、ときの忘れもので取り扱ってくれることになった一連のドローイング≪Line & Fill≫は、こんなきっかけから生まれています。 ドローイングはご覧になれます。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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