ときの忘れもの ギャラリー 版画
ウェブを検索 サイト内を検索
   
杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第54回 2020年09月10日
ダイヤの家

今回はスイスのグラウビュンデン州 (Graubünden)、チアートシェン村 (Tschiertschen)にあるCaruso St John Architectsが改修をしたゲストハウスについて綴ろうと思います。

チアートシェンは僕の住んでいるクール (Chur)からバスで30分ほど走ったところにある小さな村です。グラウビュンデン州の他の多くの村がそうであるように、夏にはハイキング、冬にはアイススケートやスキー、ソリ滑りといったレジャーが楽しめる。そして、そうした観光が村の経済を支えています。

スキーゲレンデの規模はそれほど大きくはありません。だからこそ、それほど混み合いすぎることもなく、気軽に日帰りで楽しみやすい場所とも言えます。紹介するゲストハウスは、以前スキーで訪れた時に偶然見つけて、なんだか面白そうだと立ち寄って発見したものでした。

202009杉山幸一郎img01
建物の玄関には、トランプのダイヤモンドマークが反復したようなペイントがなされ、いかにも建築家なり、デザイナーが関わったプロジェクトである。という構えを見せています。
そんなそわそわさせる外観をしていれば、立ち寄らずにはいられません笑。
スノーボードをそばに置いて中を覗いてみると、偶然にも建物全体を使った展覧会の期間中で、そこで友人にばったり会い、そしてオーナーと知り合うことができた。というわけです。

後になって調べて見ると、その建物は、もともとレストラン兼ゲストハウスであったものを、2016年にイギリス出身の建築家、Caruso St Johnが改修したものであるということがわかりました。
Adam Carusoはスイス連邦工科大チューリッヒ校(ETH Zurich)で教鞭を執っており、この他にもチューリッヒ駅前に高層集合住宅(Europaallee Baufeld E)を建て、St.Gallenに大聖堂の祭壇をデザインするなどスイス各地で活躍し、日本でも雑誌等を通じて広く知られています。

202009杉山幸一郎img02
早速、中を覗いてみましょう。
もともとレストランのあった地上階は、玄関から中廊下を通って突き当たりのサロンまで、白地に茶色のダイアモンドパターンが続いています。サロンは二層分の吹き抜けになっていて、部屋全体がパターンで埋め尽くされている。

img03-2
写真だけ見ると、これはちょっとやりすぎなのでは。。とも思えるのですが、実際に身を置いてみると思いのほか、しつこさがない。間口が小さく、決して広くはないスペースを軽やかに認識させるのに寄与していると感じました。

202009杉山幸一郎img04
二階へ上がっていく階段に足を踏み出すと、床がミシミシと軋み始める笑。年季が入っています。
オリジナルの建物は1869年に建てられ、既に何回か改修されているものの、木造構造自体はとても古いことがわかります。壁の木材も乾燥収縮によって、隙間があちこちにできている。
よく見てみれば天井はかなり低い。手を伸ばせば余裕で天井に触れることができるくらいです。

202009杉山幸一郎img05
床は大きな無垢材です。材同士の隙間が大きくて、小さな埃なら落ちてしまいそうです。マイエンフェルト (Maienfeld)にあるハイジの家も、こんな感じだった。と。建物博物館に訪れているような気分にさせてくれます。

202009杉山幸一郎img09
バスルームは、ただバスタブが部屋の真ん中に置いてあるだけ。ここの床も他と同様に、特別に表面加工がされているわけでもありません。バスタブに入って、シャワーの時は周りをカーテンで囲って。水が床に滴るのを防ぐ。。
手前に洗い場があって奥にバスタブがある、日本の浴室の感じとは全然違った設えに少し戸惑います。

202009杉山幸一郎img10
ベッドルームを見てみましょう。
この建物の多くの部分は、スイスではよく見られるStrichbau/Blockbauで建てられています。いわゆるログハウスです。矩形の木材が隙間なく積み重ねられて壁となっている。日本でよく見られる柱と梁の軸組構造でもなく、2X4(ツーバイフォー)でもありません。
二階の寝室を含めた全ての部屋は、床壁天井を見渡しても、ほとんど手が加えられていないことがわかります。村の中にありながらも、人里離れた山小屋に来たような。大胆なパターンでデザインされた地上階からは、ガラッと変わった雰囲気があります。

202009杉山幸一郎img08
三階へ向かう緑のストライプでペイントされた階段は、新しく作られたストレートの階段です。上がった先にはライブラリーがあり、振り返るとまたスタディスペースのような場所があります。

202009杉山幸一郎img07
階段から続いて床以外の壁天井が2色のグリーンで塗り分けられていて、フロア全体を一体のものとして認識できる。この大胆な塗り分けと床の大きな無垢材は、普段生活していて見かけるサイズではありません。そのせいか、スケール、大きさを理解する感覚が狂う。
実際にはそう大きくないスペースに、どういうわけか余裕を感じさせる、寛容さを作り出しているような気がしました。意識が壁天井の大振りな塗り分けと部材に向かうので、細々した寸法が気にならないのです。

最大10人くらいまで宿泊できるゲストハウスというだけあって、十分に広く部屋数もある。
各フロアで異なるキャラクターが散りばめられている。
強いて気になる点を言えば、家の中を歩くとミシミシと床が鳴るのはやっかいだけれど、広い家の中でどこに誰がいるのかがわかって、迷惑のようでどこか安心を運んでくれる。

古い建物を改修した例として、以前紹介したヴァレンダース(Valendas)のゲストハウスがあります。1485年に建てられた建物を保存修復する意図があったので、大きなアクションではなく、既存の状態をいかに残しつつ、建物の息吹を取り戻すことができるかということが焦点で、今回のプロジェクトとは設計の目的とアプローチの仕方が異なっていました。建築家が受け取る課題と、それに対する解決方法、設計に対する姿勢の違いが見えてきます。

今回紹介したチアートシェンのゲストハウスでは、色やパターンを大胆に使った、攻めに攻めたデザインがありました。そして一方では、オリジナルの建物をほとんど手付かずで残したスペースがありました。
そうやって、同じ建物内においてもデザインの姿勢を対比させられると、それぞれの効果や良さがとても引き立つ。設計の手ほどきを教えられたようなプロジェクトでした。
すぎやま こういちろう

杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、アーキテクチャーフォトにて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。


「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー
杉山幸一郎のページへ

ときの忘れもの/(有)ワタヌキ  〒113-0021 東京都文京区本駒込5-4-1 LAS CASAS
Tel 03-6902-9530  Fax 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/

営業時間は、12:00〜19:00、日曜、月曜、祝日は休廊
資料・カタログ・展覧会のお知らせ等、ご希望の方は、e-mail もしくはお気軽にお電話でお問い合わせ下さい。
Copyright(c)2023 TOKI-NO-WASUREMONO/WATANUKI  INC. All rights reserved.