杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第56回 2020年11月10日 |
ある1日。
Covid-19の影響で、3月中旬からズントー事務所の所員が3つの建物に分かれて仕事をするようになって、7ヶ月が経ちました。 オフィスとして利用している木造アトリエ、コンクリート造アトリエ、そしてガラスファサードの新アトリエでは、各フロアに3-4人程度のスタッフが十分な距離を保って机を並べています。それは電話を使うほどではないけれど、ある程度大きな声で話す必要がある、微妙な距離感です。 僕自身は、プロジェクトの関係からズントーの住んでいるコンクリート造アトリエで他のチームメイトと仕事をしています。 オフィス空間は細長く、約4m幅、奥行き14mくらいの広い廊下のようなスペースです。 そこに2m幅のテーブルを長手方向に少しだけ間をあけて5つ並べて、3つのパソコンテーブル、2つの図面テーブルとして交互に配置しています。 天板はリノリウム仕上げ、机の脚はスチールパイプでできた定番の≪Eierman 1≫のブラックです。 ヨーロッパに第二波がやってきて、日々感染者数が増えてきている今の状況では、社会的距離が保たれる場合でも、基本的にマスクをして作業しています。 日本でマスクをしている人を見かけることは、以前から花粉症や風邪予防などでほぼ日常的にあったので違和感は少なかったのですが、スイスでは風邪であろうとマスクをしている人を見かけたことがありませんでした。今、皆がマスクをして移動し作業しているのをみると、その深刻さが余計に際立って感じられます。 3月から始まったこの特殊な勤務環境と、半年経ってもまだ続く事務所全面通りのインフラ工事。本来なら重機の働く音は騒々しいけれど、それがこの密度の小さいワーキングスペースの静けさを紛らわせてくれることもあります。 静かな空間では、些細な動作によって音を立てると、それがどんなに小さな音であっても気になってしまうこともあるのです。 ズントー自身は、ビジネストラベルをしなくても良いから。そして案外うまくいくZoomでのミーティングが思いのほか気に入っているところがあるようで、新しい仕事の方法やそのペースにも慣れてきているのがわかります。 とは言え、ついこの間まで設計デザインを模型スタディ中心で行ってきたこともあって、少しずつ変化していくこのデザインプロセスが、最終成果物である建築にどう影響してくるのか、まだまだわからないところもあります。 気を抜けない状況ではあるけれど、それをなんとか受け入れながら、うまくやりくりしていく術を身に付けつつあるのも確かです。 朝8時少し前に家を出て、自転車を走らせてハルデンシュタインへ向かいます。 よく通る道の候補はいくつかあります。 まずは線路沿いのほぼ≪自転車専用の道≫、これは最短で目的地へ向かうことができます。そして、バス通りである≪メインの交通道路≫。最近はそこに≪ライン川沿いの道≫を追加して、大まかに言って3つのバリエーションです。 朝は時間に余裕が少ないので、もっぱら線路沿いの最短距離で行ける道を走っていきます。 お昼休みは12時過ぎから。事務所のあるハルデンシュタイン村と、ほとんどのスタッフが住んでいるクール市をつなぐバスは、1時間に2本だけです。その時間的制約に縛られたくない約半数のスタッフは、木造アトリエのキッチンダイニングで、家から持ってきたランチを食べます。 グループごとに時間帯をずらして食事をするせいか、こんなにも近いところで仕事をしていながら、今日誰が事務所にいて、誰が在宅なのか。他のプロジェクトの進行状況はどうなっているかなどは、以前に比べると少しだけわかりにくくなってきました。 事務所で食事を取らない他のスタッフは、家に帰ってさっとご飯を作り、食べて戻ってくる。最大で1時間半強取れる昼休みは、家で少しだけゆっくりするくらいの余裕はあります。 僕はと言えば、自転車で通っていてフレキシブルに動けるので、ほとんどの場合は自宅で昼食をとります。昼にクールへ戻る場合は、朝通ってきた道に、遠回りになりすぎない程度のアレンジを加えたルートを通って家に帰ります。普通に走って15分弱。僕の場合、これを1日に2往復するのが日課です。 天気の良い日の帰りには、ライン川沿いを走ることもあります。このルートはによって可能になりました。 とても気持ちの良い道で、馬もよく通るので時々馬糞のトラップがある笑。道にある犬のフンは飼い主が回収しなければならないのに、馬のフンはどうしてそのままで良いのだろう?と、不思議に思いながら、足元にも注意して自転車を走らせます。 朝は3時間弱働いて、15分のコーヒーブレイク。その後1時間強働いてお昼休み。人によってまちまちだけれど、大体1時間くらいのお昼休みを挟んで、3時間の仕事。午後のコーヒーブレイクを挟んで1時間半。それで基本的には8時間半の就労となります。 もちろんプロジェクトの進行状況に応じて、勤務時間がストレッチすることがあります。 二度あるコーヒーブレイクでは、コーヒーを飲んだり、喫煙したりとリラックスしてばかりいるわけではありません。実は、事務所のガーデンには2台のピンポンテーブルがあるのです。 コーヒーを片手に、ないしテーブルに置きながら、同僚とよくゲームをします。 僕は勤務年数=ピンポン経験年数で鍛えられ、なかなかうまくなったと思っていたものの、ついこの間入ってきた、経験者であるインターン生にコテンパンにやられてしまいました悲。 そんな毎日を積み重ねています。 ドラマチックな抑揚のある毎日では決してありません。こうしたルーティーンを繰り返しながら、意識を設計プロジェクトにフォーカスしていく。 いろいろと社会が不安定な状況だけれど、今できることに集中していく。それが積み重なっていけば、新しいフェーズにたどり着くことができるだろう。頭でっかちになり過ぎないように一歩下がって周りを見渡しながらも、デザインを深く掘り上げていく設計のスタンスに適した環境になってきたと、少しずつ感じています。 (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、 にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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