杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第63回 2021年06月10日 |
描くツール
ここ数年ずっと水彩の淡い光を大切にドローイングを進めてきました。 比較的小さなフォーマット、A3サイズ位の大きさまでは、自分の思うように筆を動かすことができたのですが、それよりも大きなフォーマットの絵を描こうとすると、途端にうまくいかない。 画用紙に描く際の腕の動かし方(筆の運び、ストローク)が、そして使っている筆のサイズが、大きな画用紙に描くには細かすぎるのです。遠くから眺めた時には、ちまちまとした小さなものの集積としか見えなくなってしまいました。 かといって、ただ大きな筆を手に取って描いても、繊細な感じが薄れてしまうし、淡い色の優しさがスケールアップにつれて消えてしまう。 手首の先を動かして描いた筆の動き。から 肘を浮かせて肘を動かして描くストローク。へ 大きなフォーマットに対応するべく、ペインターの友人に相談したところ、オイルスティックなるものを勧められ、その大きなクレヨンのような新しいツールを購入して描き始めました。 見た目は太いオイルパステルのように見えますが、もっとベトベトとしていて油絵具の匂いがします。描く色は力強く、異なる色を重ねることもできます。 調べてみると、成分はピグメント、ワックスそして乾性オイルでできている。油絵具がペンになったようなものでしょうか。 スティックは放っておくと乾いてしまうので、使用後にはきちんと箱にしまったり、さらにはラップしたり、使う前に少し削ったりする必要があります。良い方に解釈すれば、描いたドローイングは乾くので、後日は手についたりはしません。 その描きやすさ、滑らかにペンを走らせることのできる性質が気に入ったので、使い始めることにしました。 新しいツールと大きな振る舞い、腕の動かし方ができるようになったところで、小さな水彩にあったような繊細なラインを描くのには適していません。むしろガツガツと描いていく思い切りの良さが必要になってきます。 書道家が筆を運ぶように、一筆一筆注意しながら、しかし思い切って描いていきます。 当たり前の話になってしまうのですが、描くツールやその使い方によって出来上がる結果が変わってきます。初めに思い描いていたものがツールによって制限され実現できなかったり、逆に求めていたテーマをより深めていくことができたりします。 (Buste de Diego 1957, Albert Giacometti Stiftung) ふと、初めてアルベルトジャコメッティの彫刻を見た時のことを思い出しました。 手で指で粘土を押し練りながら形を作っている。だから滑らかな表面ではなく、手が働いた痕が見える作品でした。 できた作品だけを眺めると、どうしてこんなに押し潰したような、そして付け加えたようなカタチで終わっているのか、わからないところがありました。それは綺麗で滑らかなものを見慣れていた僕にとっては、未完成、作業途中にも見えたし、なんとなく不格好なもののようにも見えていました。 そして制作過程を知ってからというもの、どうしてこういった表現、表面になっているのかが理解でき、違和感がなくなったのを覚えています。 制作する過程、そして道具が表現を固定化していく。それを利用して深みを出すのか、それともいろんなツールを使い試して、自分の表現したいものと制作を同じ方向に持っていくのか。 まだまだ僕の知らないツールが山ほどある。試し甲斐がありそうです。 (写真2枚目はBuste de Diego 1957、Albert Giacometti Stiftungより) (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、 にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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