杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第65回 2021年08月10日 |
メルクリのペイント
チューリッヒにやってきました。 久々に訪れる街は思っていた以上に人に溢れていて、こんなに人がいたのか。と思ってしまうくらい。友人と待ち合わせて、特にあてもなくぶらぶらと街を歩きます。旧市街や駅前通りは避けて、あえてバスやトラムで数駅行ったところへ向かうことにしました。 チューリッヒ中央駅から3番のトラムに乗ってHubertusの駅まで、そこからGutstrasse沿いに歩いていくと、目的の建物はありました。ピーターメルクリの集合住宅です。 この建物は僕がちょうど彼の設計スタジオをとっていた頃に設計していたもので、当時は窓の左右にある縦のライン(白い漆喰の仕上げの上からペイントされているもの)を使うことで、窓枠自体に特別な操作や仕様を施すことなく、コストを押さえながらも十分に建築的な視覚効果を得られると説明していました。 メルクリが設計する建築は、歴史から学んだやや造形的、装飾的ともいえるエレメントが特徴的で、そうしたエレメントは余分なものとして考えられがちです。だからこそ彼は建築をリーズナブルに作ることを常に念頭に入れていたのだと思います。 実際に見ても、この建築がメルクリによって計画されたとわかる程度に特徴があるけれども、その表現が度を過ぎていない。何よりその意図が効果として現れているから、余分なことをしているわけではないというのが見て取れます。 この集合住宅はコーポラティブハウスで、比較的安価な建物を良い質で提供することがクライアントからの要件であったので、こうしたシンプルな仕上げ方の発見は、建築家がデザインに妥協することなく考えた末の回答であったのだと思いました。 一緒に訪れていた友人は、最近チューリッヒでメルクリ風の建築をデザインする若手建築家が増えてきているけれど、彼らの建築をみるとどうも、何もかくにも「こうしたかった。」という気持ちが表現に現れ過ぎていて、それが余分に見えるし、本来の効果が現れていないのではないか。と言います。 その表現を止めるバランスは、さすがメルクリです。。 こうしたペイントによる効果は、Azmoosに2000年に竣工した住宅でも見ることができます。ここでは、外壁全体に市松模様にペイントをしているのがわかります。 学生時代にこの建築を見たとき、実を言えば「なんか安っぽいなぁ」という第一印象を受けました。それは、ペイントが窓の位置に合わせて配置されたものではなかったからだと思います。 当時の僕にとって建築(のデザイン)とは、建物の躯体が建ち、窓がはめられ、そして外壁仕上げであるペイントがなされる。という順序だったのですが、ここでは躯体があって、ペイントがなされ、そして最後に窓が付けられたように見えたのです。 つまり、そこにはじめから窓があったなら、ペイントの市松模様は窓のサイズや位置に合わせてなされていたはずだと。そうなっていないということは、躯体ができたあとにペイントされ、そのあとに開口部があけられて、窓が付け加えられた。と思うのが自然でした。 この住宅では、開口部、窓の存在が僕の考えていたよりも重要ではなかった。(ただの)ペイントの方が重要なんだ。という風に感じられたのです。そこに安っぽさを感じたのだと思います。 考えてみてください。ペイントは比較的簡単に上塗りできますが、窓の位置を変えようと思うと、そう簡単にはいきません。だからこそ、ペイントってそんなに重要じゃないだろうと。 建築はまず構造的に必要な躯体ができ、そしてその骨組みに肉付けしていくように壁や床、天井が仕上げられていく。そしてその施工順序はそのまま、建築設計における設計者のデザインの重要度と重なってくると思うのです。 実は今でも僕はそう考えている笑。けれども、こうしたメルクリの建築をもう一度見返していると、いや、決めつけるのはまだ早いかもしれない。もう一回考え直してみよう。とどこか喝を入れられているように思えてくるのです。 (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、 にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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