杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第66回 2021年09月10日 |
床をならす
今回は、友人が自分たちで改修している別荘へ訪れた際のことを綴ろうと思います。 その別荘はLohn ローンという村にありました。僕の住んでいる街クールから、電車とバスを乗り継いて1時間強のところにあります。同じグラウビュンデン州にある、人口50人ほどの小さな村です。 50人。。? スイスで数千人の村はよく見聞きしていたのですが、友人に50人と教えてもらった時には、思わず聞き返してしまいました。 ローン村は、実は今年の初めから近くにある3つの村と合併してMuntogna da Schonsという自治体となったわけなのですが、それでも人口は360人。 そんな小さな村にある古い家を数年前に購入した友人は、グラウビュンデン州の保存修復課で社会奉仕活動(これはスイス兵役義務の代わりになる)として働いていた時に、たまたま売りに出されているのを見つけて購入を決めたそうです。そしてもう何年も、自分たちで改修してきています。 建築家夫婦である友人は、自分で使うものを自分たちで少しずつデザインしながら改修していくことは面白い反面、数年前に改修した部分と今改修している部分とでは、考えている時期も興味の対象も少し変わってきている。そのため、それらの段階的な改修をつなげて一言で表せるような簡潔さがないと、少し悩んでいました。レクチャーなどで紹介する時に、他の新築プロジェクト、つまりある限定された時期に全てが設計され、施行されたものと比較すると、ややまとまりに欠けるというのです。 確かに、設計では一つの建物を同じ時期に全て設計し施工することがほとんどなので、こうしたスローペースで段階的な施工、同じ建物を違った時期に設計することの難しさを表しているのようでもありました。 今考えている事柄自体が数年後に別の事柄に変化することはないけれど、それでも時代の変化による解釈の仕方、前提や、そもそも本人の考え方の違いで、面白くも、おかしくもなってしまうことがあるのは、理解できます。 また改修プロジェクトでは、そもそも目の前にある古い建物Aに対して、これからどう改修していこうというアクションBがあるわけです。建物Aが歴史的に価値のあるもの、著名な建築家が建てた素晴らしい建築などの場合には、今ある状態をできるだけ尊重して、キープしながら改修していったり、また反対に、Aに対して新たなアクションBをぶつけることで、旧いものと新しいものを対比させて鮮やかに見せたり、、と幾通りもの対処法があるなかで、C、D、E。。と新たに加わる、改修されていくものが増えていく。 すると、全体をひとまとまりのものとして統一することが難しくなっていくのは言うまでもありません。 さて、今日の改修作業に移ります。 地上階の使われていなかった部屋の床を主にLehm(粘土)を主体としてKasein(酪素)をバインダーとした材料で仕上げていきます。 この赤い色はレンガパウダーや粘土、天然顔料を混ぜてあるもので、今回はそれらがミックスされたものを購入し、もう一袋ある白色のものと混ぜながら、欲しい色を作りました。 下地はセメントで既にならされています。そこに1.5mmくらい厚みを意識してコテで広げていきます。水分が少ないとパサパサとして凹凸ができすぎて塗り継ぎの範囲がぎこちないものになってしまいます。一方で水分が多すぎると水平レベルが簡単にとれ床がフラットになるし、施工もしやすいのですが、コテを使って仕上げたようなストロークがなく、少しだけムラのある感じがうまく出ません。 スイスでは数年前からLehmbau、つまり粘土の版築で建築を作ることが注目されています。今回のものは床でしたが、版築の自立壁に、コンクリートなどの構造壁でサポートした住宅や公共施設も国内いろいろなところでできています。 CO2削減のためにコンクリート造から木造、そして版築といった方向へ進んでいくスイス建築のことも、今後もう少し紹介していこうと思っています。 (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、 にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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