杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第68回 2021年11月10日 |
雰囲気を感じとること
先日、東京藝術大学大学院の授業でミニレクチャーをしました。 レクチャーと言っても、自分のプロジェクトを紹介していくようなものではありません。 どうやって今まで経験を積んできて、これから何を考えていくのかを話して欲しいということでした。そんなわけで、大学院生の時から、何に出会って、感動し、影響を受けてきたか。ということを簡単ながらも振り返っていくことをしました。 とりわけ、大学院一年生の時にふとしたきっかけからスイスへやってきて、日本のそれとは少し違った前提の上に成り立つ建築を学び、わからないことだらけの中で、うまくいかないことばかり。ほとんどはうまくいかないまま改善できずそれっきりになってしまったり、実は今でもよく理解できていないこともある。そんな中でも、わからないことだからこそ知りたい。という好奇心を持ち続けられたから、卒業後もスイスへやってきて、こうして設計活動ができているのだと思います。 ここのところ、関東学院大学、ETH、藝大と話す機会が増えたことは嬉しく思う反面、まだまだ言葉足らずなところがあって、うまく意図が伝わっただろうか、と思い返すこともあります。 特にZoomでのレクチャーでは、多くの人が参加しやすい。場所が離れていてもコミュニケーションができる。という利点もあるけれど、各々の顔を見ながら、今まさに話していることへのリアクションも含めた雰囲気を感じとって、話の内容を変えていくことが難しいと思いました。 するとどうしても、ある程度用意していた話の筋道に沿って話していくことになってしまう。その場でいきなり質問があったり、ハプニングがあったりして、急遽話を変更してしまうような即興のコミュニケーションがありません。 仮に聴講者の顔が画面上に表示されていたとしても、ほんのわずかに残る映像の時間差と、相手の顔とリアクションが見渡して見えないので、雰囲気を掴むのが難しいのです。 ETHの教授であったシック()はStimmung(日本で馴染みのある言い方をすれば、場の空気)を大切にして建築デザインを教えていたのを思い出しました。また、ピーターズントーもピーターメルクリも建築空間のAtmosphäre(雰囲気)を創り出すことについて多く語っています。 今、建築を学んでいる人に一言。とたずねられて、僕自身に言い聞かせる意味でも、「できるだけ多くの建築を実際に体験すること」と伝えました。ウェブ上で世界中の建築をすぐに見つけられるし、Pinterestなどですぐに自分の好みの建築空間を見つけ出せる。建築を実際に見に行くなんてことをしなくても、多くの情報を得ることができます。それに加えて、ウィズコロナの現状では、なかなか旅行に出かけるのも億劫になってしまいがちです。 でも僕は、建築は画面、誌面上ではなく、現実に存在するものだから、その存在するものを訪れて雰囲気を自分で感じ取り、また実際に利用することが、一番重要なこと。当たり前だけれどそれが、建築の最も大きな意義であると考えています。 写真: はじめてスイスにやって来てショックを受けたピーターメルクリ設計の集合住宅 Werk, Bauen + Wohnen 93 (2006)より (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントーにて研修、2021年まで同アトリエ勤務。 2021年秋からスイス連邦工科大学デザインアシスタント。建築設計事務所atelier tsu。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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