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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第77回 2022年08月10日
スイス建物博物館

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このエッセイを綴っている7月下旬現在、スイスでは水不足が騒がれるほどに猛暑日が続いています。そんなある夏日に、いくらか標高の高い涼しい地域へ小旅行に出かけました。

上の写真にある目的地のグリムゼルベルト (Grimselwelt) はスイスの首都ベルン (Bern) から電車とバスを乗り継いでいったところにあります。僕の住んでいるクールからは4時間以上かかるので、せっかくそちらの地域へ行くならばと、他にも立ち寄れる場所を調べていると、数年前から訪れたいと思っていたバーレンベルク野外博物館 (Ballenberg) が近辺にあることがわかりました。

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いきなり野外博物館と言われても、ピンと来ないかもしれません。ここは、言わばスイスの建物博物館です。パンフレットによれば、スイス全土から110軒の家屋が解体、移築されています。それらの多くは、ただ見る対象として保存されているのではなく、今も物作りの場所として活用され、サラミやパンなど、この博物館村で出来上がったものを購入することができます。

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展示されている家屋で多く見られるのは、人と家畜との住まいが一緒になったタイプのもの。 そして、建物自体はその地域で手に入る材料、土地の文化、気候風土を体現したかのように異なるスタイルを持っています。
地方によってドイツ語、フランス語、イタリア語、そしてロマンシュ語と言葉も変わるスイスでは、その土地の空気が変わったかのように景色も一変します。そうした背景をもとに生まれた建物は、それぞれの地域の「典型的」な建物として認識されて広まっていきました。

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Walmdach (寄棟) と呼ばれる、帽子のような屋根を持つ農家、その大屋根の裾は地上階で庇として役割を果たします。
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建物の真ん中には廊下があって、半屋外空間として通り抜けできるようになっています。「住居部分と小屋部分」というように分けるとすれば、そのあり方はいくつものパターンがあります。この建物のように左右で分ける場合や、地上階に小屋があって上階に住居部分がある場合。後者の例では家畜の保った熱が床暖房のように少しだけ住居部分を暖めてくれます。もちろん、住居と小屋が別棟としてあることも考えられます。

これらの家屋に共通して言えるのは、天井の低さです。大抵の場合、2m強くらいしかありません。ヨーロッパの中でもスイス人は比較的小柄だと言われますが、現在スイスに建つ建築空間を考えると、当時の人たちはよく住めたなぁと思ってしまいます。
多少の不便さがあっても、過酷な気候の中ではできるだけ建物の気積を減らすことで、熱を保とうとしていたのかもしれません。

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建物に陰が多いのも特徴的です。薄暗い部屋の中から外を見渡すと、光のコントラストで外の風景がより一層引き立って見えます。家の真ん中にはいつも大きな暖炉があって、住人はその傍に座って冷えた身体を温めたり、ストーブの反対側の部屋でその熱を利用して調理をしていました。さらには、調理の煙で天井に吊るしたサラミを燻製する。上階にある寝室では暖められた空気が床暖房のように地面から部屋全体を暖めてくれます。
大きな屋根の下には、こうした単純ながら理にかなったシステムがあった。だからこそ、典型的だとして残ってきたし、この野外博物館に残されることになったのでしょう。こうした家屋からは、まだまだ発見できることがたくさんありそうです。

(すぎやま こういちろう)

杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントーにて研修、2021年まで同アトリエ勤務。
2021年秋からスイス連邦工科大学デザインアシスタント。建築設計事務所atelier tsu。
2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展 スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

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