杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第79回 2022年10月10日 |
アトリエ新学期
9月半ばからETH (スイス連邦工科大学チューリッヒ校) 建築学部では新入生を迎え、新しい学期が始まりました。今年も昨年とほぼ同数の約350名の建築学生が、15のアトリエに分かれて設計デザインを学びます。僕が受け持つアトリエは学生24名でスタート、今学期は前二学期に比べると、インターナショナルな顔ぶれです。 年末まで続くこの秋学期では、「アトリエハウス」というメインテーマのもと、4つの課題をこなします。はじめの課題は≪Wohnraum Studien≫、つまり「住まい」についてです。 週二日、月曜と火曜の午後にある設計デザインの授業では、全ての学生が共通の課題を行うものの、課題枠内でのニュアンスや設定は各々のアトリエに任せられています。昨年はまだ僕も教え始めたばかりでわからないことだらけだったのですが、二回目になる今学期は少しテーマを意識して進めていきたいと思っています。 課題では具体的には最小、最大の空間を考えます。8つの住まいの部屋であるリビング、寝室、バスルーム、キッチン、ダイニング、廊下、ベランダ、仕事部屋の中から1つを選び、そこでの最小空間、最大空間を提案します。 最小空間というのは考えやすい。というのも、それぞれの部屋で目にする家具が既定の寸法を持っていて、そこで過ごす人間の最小行動範囲をきっかけに考え始めることができるからです。 一方で最大空間というのは考えたらキリがないし、定義が難しい。ただ部屋を大きくしていって、より多くの人たちを収容できる。とか、空間を広々と使って豪華な暮らしができる。という提案の方向性が求められているのでは、必ずしもありません。 部屋を大きくしていくことは、実はすなわち余り(遊び)の空間を増やしていくことです。 大きくしたならそれなりに、なぜそうするべきだったのか。大きくしたことによって、どんな空間的な豊かさを得ることができるのか。ということまで考え、魅力的に表現しなければいけません。単に大きな空間は、動線が増える分だけ機能性とは反対方向に向かいがちだからこそ、それを覆すような空間的利点を提案しなければいけないのです。まだ建築を習いはじめたばかりの学生にとっては、とてもハードルの高い課題だと思います。 僕の受け持つアトリエでは、8つの住まいの部屋はそもそもどうあるべきか?という問いからスタートして、その定義をオブジェクトベース、ジェスチャーベースに分けて考え直すことにしました。 オブジェクト(名詞)ベースとは、どんなオブジェクト(家具)をもってその場所を、例えばリビングと呼ぶのか。そしてそれはどんな寸法を持っているのかを考えることです。 一方でジェスチャー(動詞)ベースとは、そこでどんな行為をするのかに着目したものです。リビングでは、座ってくつろぎ、傍にものを置く。ではどんな物や空間がその行為に必要なのか。を考えます。 二つの方向から部屋に必要な最小空間を確認した後に、それらを段階的に少しずつ広げていって、形を変えていって、どの時点で何が変わっていくか?に着目しながら進めていく。すると、何もものすごく大きい部屋を作らなくても、最大空間を考えることができることに気づくのです。 スタジオのレポートは随時アップデートしていこうと思います。 (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントーにて研修、2021年まで同アトリエ勤務。 2021年秋からスイス連邦工科大学デザインアシスタント。建築設計事務所atelier tsu。 2022年1月ときの忘れものにて初個展「」を開催、を刊行。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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