杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第80回 2022年11月10日 |
改修の仕方
日帰りでバーゼル(Basel)に行ってきました。僕の住んでいるクール(Chur)からはチューリッヒ経由で電車とトラムを乗り継いで約2時間半。訪れた友人の家の近所でたまたまオープンハウスがあったので、ついでに立ち寄ってみることにしました。 そこは、大手スーパーであるCoopがワインセラーとして使っていた建物を改修、さらに上階を建て増してできた共同住宅(Genossenschaftswohnung)です。 もともとあった建物は、ワインを保存する倉庫として通常よりも床にかかる荷重を大きく見積もって計画しており、それが構造体として目に見える形で存在していました。それは大きなキノコのような柱であったり、天井に見える大きな梁であったりと、普段見かける建物にはないスケール感があります。そんな存在感を持った既存の要素を用いて、どうやって空間を作っていくのかは建築家の腕の見せ所です。 写真にある1K の住まいでは部屋のど真ん中に大きな柱があり、それが当然のように部屋を前後に二分しています。部屋の大きさに対してこんなに存在感のある柱は今まで見たことがありません。もしこの計画が新築だとしたら、どうしてこんなに大きな柱をここに計画したんだ?と大きな疑問が湧いてくるのですが、「与えられたモノ」であることによって、どういうわけか逆にワクワクした感じがしないでもないんです。 別の階では、天井高が4.5メートルもある住戸があります。新築であれば、あと1メートルも階高を増やせばメゾネット住戸にすることも考えられますが、ここでの高い天井は与えられた状況です。柱に合わせた位置に壁を配置して部屋割りをするのではなく、あえて柱の存在を強調するかのように部屋を区切っていくのは、とても面白いと思いました。 こうした改修のプロジェクトでは、何を残して何を新しく作るかの取捨選択に、設計の意図が大きく関わってきます。 例えばこのプロジェクトでは、床柱の構造躯体のみを残して改修しています。このように既存の建物をインフラとして受け入れ、その空間的枠組みだけを再利用していく考え方もあれば、既存の建物にある内装デザインも保存しながら改修するという考え方もある、そしてその間には改修に対する幾つもの考え方のバリーションがあるのです。 改修と聞くと、古いものをできるだけ残しながら新しい要素を加えていくような繊細な態度を頭に浮かべていましたが、今回のようにざっくりと躯体だけをリソースとして用いて、他はガツガツ変えていく。という割り切ったスタンスによって、その強さが空間にもよく現れていました。 この共同住宅は、所得によって市から賃料のサポートが受けられます。例えばCHF2600の4LDKの住まいは、最大でCHF1000のサポートが得られ、自己負担CHF1600で借りることができます。そんなこともあって今日の見学会では、新しい開発地域に引っ越してきたい。という数え切れないほどの家族が見学に来ていました。僕が思い出せる限り、こんなにも多くの人が住む場所を求めているという状況を見たのは初めてで、これからこの場所で人が集まって生活していく、ダイナミックさを感じました。 (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントーにて研修、2021年まで同アトリエ勤務。 2021年秋からスイス連邦工科大学デザインアシスタント。建築設計事務所atelier tsu。 2022年1月ときの忘れものにて初個展「」を開催、を刊行。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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