ときの忘れもののウリは建築家の版画やドローイングに力を注いでいることですが、建築専門の編集者・植田実はアート好きが取り柄だと、これは本人がそう思いこんでいるだけで客観的にはなんともいえませんが、ときの忘れものとの付き合いには、そんな一面もあります。といって建築家の作品とは限らない。小学五年のときにダリに夢中になり、高一のとき駒井哲郎に衝撃を受け、建築誌に初めて書いた文章が建築家についてではなくゾンネンシュターンへのオマージュとなれば、彼好みの画家の傾向が見えてきます。
彼が親しくしていた原広司の義弟、北川フラムの依頼を受けて編集したのが関根伸夫の1968年から78年までの作品集『関根伸夫』(発行:ゆりあ・ぺむぺる 1978)です。関根のロジカルかつコンセプチュアルで、しかもユーモアの潜む作風は建築家にも受け入れられ、彼の版画を購入する人も少なくなかった頃です。植田も、建築作品を編集するような写真構成を楽しんでいます。表紙をめくると見返しはいきなり小石だらけの地面の写真、次のページは関根がその大地から円筒状に土層を掘り抜いている作業中の写真が始まり、この有名な「位相」が完成したところで扉ページになる。映画みたいなつくり方です。協力者への謝辞と奥付(日本では本の最終ページに入れるべきを前に持ってくるのも、洋書かぶれの植田流)を1ページ挿んだあとは何の説明もつかない作品ページが延々と続く。見るだけで関根の作品特性が分かってくるだろうという仕組み。そのあとに編年体で13期に分けた作品345点が紹介され、その時どきの解説や発言、紹介記事などが編集されています。各時代を要約する「仏像・鉱物」「消去」「位相・大地」「水・油土」等々のキーワードが目立ちますが、これらの書き文字は編集者が関根に依頼したもの。ときにはデッサンと組み合わされたこの書体も素晴らしい。さいごの見返しページは、前の見返しにあった小石ガ原に関根の彫刻が点在する写真で締めくくられている。彼の彫刻は大地から顕れ、大地に還っていくという読みなのでしょう。全ページを通して、当時の植田の関根への入れこみようがよく分かります。編集そのものが時代のもうひとつの記録になっている。
全冊サイン入り。表紙の活字で組まれた「関根伸夫」に被さるように直筆サインを入れて表紙ロゴの完成。サインがないと未完成の本、というわけです。この本づくりを通して植田も関根のファンになったのはもちろんですが、この編集費は、なんと関根作品のなかでもとりわけ魅力的な石彫「コレは又、何かと見れば思ふツボ」。ちょっと高すぎる報酬を、北川が作家のアトリエから分捕ってきた次第。この本は企画の関根伸夫後援会と現代版画センターの協力で実現したのですが、「買う」ことを知った植田が、このあと、版画センター主宰の綿貫不二夫から、駒井哲郎の「空地」を譲り受けた瞬間、現在までに至る、それまで思いもかけなかったささやかな道楽が始まってしまったのでした。
(ときの忘れもの 九曜明)
『関根伸夫 1968-78』
1978年7月21日 ゆりあ・ぺむぺる発行
26.0×25.0cm
120ページ(見返しを含む)
表紙ソフトカバーにビニールジャケット付き
限定版B |
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限定250部
ケース付き
オリジナル銅版画1点挿入 |
普及版 |
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ケース付き |
《Project−空の石》
作品に作者直筆サイン、番号記入あり |
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