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植田実のエッセイ 本との関係10

A4変形判あるいは菊倍判

 1960年、私が槇書店という出版社に勤めはじめ、その年の秋に同社から創刊された月刊専門誌『建築』について書かねばならない。気が重い。この連載でこれまで触れてきた「私の関係した本」はすべて、趣味や部活やアルバイトや卒論やといった、自分の人生の副産物的なものだった。しかしこの先からは現在まで、編集者として生計を立てるその対象としての本になる。つまり1960年から数えて47×365日、ずっと考え続けてきた本という紙メディアの、どの部分について書いたらいいのか、考えるだけで面倒になる。
 で、気休めに書庫に入って建築関係の資料を少し入れ替える作業をしていたら、まったく関係のない棚からクシャクシャになった紙片がヒラヒラと落ちてきた。見ると当の『建築』創刊時の編集会議の企画メモじゃないか。こんなものがあったなんてすっかり忘れていた。槇書店の社長および専務、編集長の平良敬一、編集同人各氏のあいだでまとめられたものだろう。どうしてこれがヒラヒラと今になって現われたかというと、原稿催促の神様の御配慮にちがいない。ほんとうは上の方々の承諾を得る必要があると思うのだが、神様からの贈りものなんだし、内容にとくに問題もなさそうなので、和文タイプで3ページに及ぶこれの一部を勝手に再録させてもらう。平良さんほか皆さん、どうかお許し下さい。

決定事項
1. 雑誌題号:<建築>
2. 性格:a. デザインと工学を結ぶ月刊誌。
 b. 紙面はつとめてグラフィックに表現される。
 c. 隔月にarchitect(or engineer)の特集を企画し、これが本誌最大の魅力となるようつとめる。
3. 英文版:月刊誌<建築>の半年分の成果を基礎に、これを新しく編成し直して年2回刊の英文誌the Architectureを刊行する。
4. 創刊の時期:<建築>は本年8月20日。<the Architecture>は来年4月10日。

 この「決定事項」は、ほぼそのまま現実の雑誌『建築』に反映されている。英文誌だけは実現しなかったが、これは次回あたりで述べるような出版元の事情による。
 まぁ、概略はこういう雑誌だった。これに続いて1号から5号までの企画大要があるが、そのほとんども号を追って実現されていく。先で触れることがあるかもしれない。未経験の私がまず担当したのは目次やコラム欄のデザイン、いくつかの集稿、資料ページのレイアウトなどで、あとは版下屋さんとの連絡や撮影の手伝いなど雑用に近いものが多く、特集ページのレイアウトなどは平良さんはじめベテラン編集者がやるのを横から見ていた。「つとめてグラフィックに表現される」紙面だから、写真や図面の選択、その割りつけが主軸である。建築家の意図を汲みながらの編集者の判断にすべてがかかっている。初心者には手に負えない。
 写真は、平山忠治さんが全面的に引き受けていた。この伝説的な建築写真家についてはそのうち触れるつもりだが、平山さんは撮影の仕事がない日でもしょっちゅう槇書店に顔を出していた。創刊号の出る日が待ち切れないのは、誰にもましてこの人だったような気がする。何がなんだかわからないままに印刷所(板橋の凸版印刷)での出張校正が終わり、まもなく刷り出しが編集部に届く。活版ページもグラビアページも全紙に刷られたままを筒状に丸めて送られてくる。それをページの順序に折り、ざっくり切ると雑誌の形が見えてくる。こうして一部抜きを揃えての最終的なチェックをする。私にも完成した雑誌が実感できるようになった。よく覚えているのは、平山さんがこの一部抜きの束を繰り返し見ながら「この段階が雑誌を創刊するときのいちばんの楽しさだな」としみじみつぶやいていた姿である。
 『建築』のサイズは、A4変形判。先輩たちがそう言っていた。標準のA4判と天地のサイズはほぼ同じだが、少し幅がある。「変形」とは一般的な呼び名なのか分からない。あるいは菊倍とも言っていた。なぜ「菊」なのか、印刷や紙についての資料を見ても分からなかったが、この機会に広辞苑を引くとちゃんとあった。「菊判」の項に、初めて(この紙が)輸入された時、菊花の商標があったからと解説されている。「JISによる紙の標準原紙寸法の一」で「A列本判よりやや大きい」。この全紙を16折にして化粧裁ちした規格判は152mm×218mm。すなわち菊判で、これはA5判に相当する。その倍の大きさ(A4に相当)だから菊倍。もう50年近く使っていた用語の由来をはじめて確めた。
 『建築』は規格ぴったりではなく、295mm×222mm。建築、美術、デザイン関係の雑誌はこのA4変形判あるいはA4本判が多いが、はじめから『建築』の変形判に慣れてきた私には本判のやや細身のプロポーション、といってもわずか10mmていど短いだけだが、どうしても貧弱に思えてしまう。
 1960年当時の建築専門誌は、代表的なものでは『新建築』『建築文化』『近代建築』『国際建築』などがあったが、このうちA4判は『新建築』だけで、あとはもっと大判だったり正方形に近かったり、それぞれ工夫をこらしていた。それがいつのまにかA4判に右へならえしてしまう。この志向は今でも連綿と続いていて、ある美術館の館報などはB5判のほどよいサイズだったのを昨年突然A4判に変えて、なんだか大味になってしまった。「グラフィックな表現」とは写真や図面を大きく扱うことにどうしても直結してしまう。『建築』以後、私もいくつかの建築誌に関わってきたが、どれもA4の枠からぬけ出していない。ということは「グラフィックな表現」の質を根本から更新することができず、ライバル誌との対抗意識も写真・図面をいかに大々的に見せるかに終始してしまう。それは、他の雑誌の個性を見守り続けることをおろそかにし、自分の編集する雑誌の位置づけをあいまいにしてしまう結果に向かう。
 私がいま編集者として関わっているのは雑誌ではなく本のシリーズ(「住まい学大系」第1期全100巻完結, 第2期101巻がスタートしたばかり)だが、小B6判という思いきり小さいサイズは一種の逃避地なのだろう。一時はもうイヤ、と思ったA4判にもいつかは還りたいのかもしれない。しかしそのときは他誌を寄せつけぬ鉄壁のアイデアがないかぎり、新しい雑誌はつくれない。



2007.6.20 植田実

『建築』
発行:槇書店
サイズほか:295mm×222mm、平綴じ、129頁

























植田実のエッセイ



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