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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第3回 「生誕100年 岡本太郎展」  2011年3月19日
「生誕100年 岡本太郎展」
会期:2011年2011年3月8日(火)―5月8日(日)
会場:東京国立近代美術館

 綿貫さんのお誘いで、オープニングと内覧会に行っておどろいた。入口ホールには入りきれないほど大勢がつめかけ、テレビカメラが4、5台待機している。NHKドラマの「TAROの塔」で岡本敏子を演じている常盤貴子がスピーチしたりテープカットしたりして、近美としてはすこし浮かれすぎじゃないかと思ったくらいだが、会場はきちんと構成されて、彼の生涯的な仕事をそれなりの距離をおいて見ることができる。青山や川崎のタローのホームグラウンドで否応なしの熱気に包まれてしまうのとはちょっと違う。



 帰宅して、カタログの巻頭、近美の主任研究員である大谷省吾さんの論文を読み、美術館で岡本太郎展をやることのたいへんさ、つまり岡本の「全貌」を見せることが逃げようのない課題となるときにさまざまな面倒が立ちはだかる、それに対処するにはどういう考えによったかがとてもよくわかった。今回の回顧展を理解するだけでなく、昨今の岡本太郎現象にかんたんに流されないためにも必読の一文だと思う。他の寄稿もあわせて、造本は賑やかにみえるが、きわめて冷静に編集された図録だ。
 ということで、岡本太郎の本質的な「対決」(今回のキーワードのひとつ)については、展示と本をぜひ見ていただきたいのだが、それとは別に長年感じていたことを、ひとつ書いておきたい。
 私がこのひとを知ったのは中学の終わりか高校に入ったばかりのときで、「みづゑ」で彼の特集が組まれたのである。とりわけ、一頁大か見開きのカラーで紹介されている「森の掟」に言葉を失った。以来、ずっとこの絵がなによりも私には岡本太郎なのだが、森に棲む者たちを襲う、画面中央の真赤なファスナー・モンスターはもちろん強烈だが、その中心部から四方八方に逃げる異形の生きものたちの動きがとても気になった。その動きこそが岡本の特性というか。
 西欧の古典的な図像では、中心にある存在に周縁から寄り集まってくる動きが多い。その中心がヴィーナスにしてもイエスにしてもマリアにしても。そして歓びのときも悲しみのときも、動きは中心に向かう。それに対して四方に散るイメージは何を下敷きにしているのか。ずっとあとの「明日の神話」でも中心に恐怖と破壊があり、そこから逃げる人々や船が画面の周縁にまで動きを波及させている。
 この「逃げる」動きが何であるかが自分で説明がつかないのだが、岡本にとって終生変わらない軸足になっている気がしてならない。それは構図だけの問題ではない。今回の展示で、最後の部屋の壁を埋めつくした無数の「眼」は、そのように逃げる者を真正面から見据えている図とも思えるのだ。瞳孔は開いて何かにおののいている。しかし超越した強さを持ってもいる。「逃げる」という方向、動きの速さ、表情がまるで別のものに変質していく瞬間を、岡本はずっと一貫して描こうとしていたのではないか。
 日本の近代以降の絵画は、人間やそれに準ずる存在を中心に置いても風景画的になる。パリから帰ってきた岡本はそれを直観的に見抜き、異和感を覚えたのではないか。彼は画面の中央に人間やモンスター、あるいは生命体と呼ぶしかない存在を置く。それは他の存在をただ引き寄せるだけの中心ではない。忌むべき恐れるべき嗤うべき中心でもあり、その総体は結局は愛すべき中心である。だからフィギュアとして一人歩きすることにもなる。古典主義的骨格による前衛と、だからこそ大衆への普及の様相。そのように岡本太郎と日本が見えてくる。
 こうした見方はすでになされているのかもしれないが、自分の実感を書いておきたかった。内覧会はファンが多すぎてあたふたと出口まで流れていってしまった。別の日にもう一度見直すことにして、と書いているさなかに東北関東大地震。人々は逃げている。悲しいほどタイミングがよすぎるというか、岡本太郎の絵は予見的というか。
(うえだ まこと)

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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