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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第9回 「ナミビア:室内の砂丘 尾形一郎 尾形優写真展」  2011年6月13日
「ナミビア:室内の砂丘 尾形一郎 尾形優写真展」
会期:2011年5月30日(月)―6月11日(土)
会場1:ギャラリーせいほう
会場2:ときの忘れもの

 以前、尾形夫妻の建築家としての仕事と写真家としての仕事を紹介することがあったが(註1)、その写真集「HOUSE」のなかでも撮影対象の特異さと冷徹な構図において白眉といえる「ナミビア」のプリント作品を、銀座と青山の二画廊で見ることができた。待望の写真展の実現である。
 だれもが最初はこの「室内の砂丘」を一種のインスタレーションと見て疑わなかったのは当然だろう。現代を反映するアートの行為として尨大なエネルギーを注いだものであると同時に知的な判断によって細部まで完璧に処理されている様相が写真に残されているのを知るばかりと、見る者は思ったにちがいないのだが、そのインスタレーションはすでに解体されたのかというと、じつはそのまま残っている。それがアフリカ大陸南西端ナミビアにある現実の光景だなんて、だれも考えなかったし、想像さえしなかった。それだけでも大きな発見といえる未知の場所を8x10インチの大型銀塩フィルムを使って砂とたたかいながら記録した。この紛れもない事実を、今回の写真展は印刷メディアよりさらに迫真的に伝えている。
 住人が出て行った空き家は、侵入者によって窓をたたき壊され、家具を持ち去られる。その後に侵入してきた風と砂は、いくつものドアを次々に外し、壁や建具のペイントされた表面を削りとり、もうそのあとには何者も入れないように家全体を半ば呑みこんだまま居据わり、さらに獲物を求めて奥の部屋に流れ込み、あるいは四肢を思いきり拡げて寝室の壁に?みかかっている。
 家が蹂躙されている怖るべき光景だが、別の見え方もそこに生じている。無人のなかの壁やドアが逆に大気の流れとなって新しい砂の大陸を形成しつつある光景とも見えるのだ。あるいは砂によって究極の美しい室内が仕上げられている。壁は夜明けに近い海面の輝きを放ち、これだけは盗まれることのなかったステンシルの帯装飾が生きていた家の記憶をなぞっている、とも見えるのだ。
 いつかは全てが無に向かう時間のなかにある。その事実を上まわるのは砂の波紋によって浮上する家の透明な姿である。人間の手でつくられたものと自然の作用とのあいだにどのような変化が刻一刻ともたらされるのかを計量する、これは精密な測定器でもある。それぞれの会場では同じ写真のサイズを変えて見せている。それによってこの特別な世界をもうひとつ手前の窓から覗くようでもあり、あるいはその只中に踏みこんでしまうようでもあるような、たんにサイズの大小をこえた内容が見る者に迫る。この作品の特性を存分に生かした展示なのである。
(2011.6.8 うえだ まこと)

註1=尾形邸「タイルの家」を訪ねて123

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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