植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」 第41回 「生誕百年 桂ゆき―ある寓話―」展 2013年5月31日 |
「生誕百年 桂ゆき―ある寓話―」展
会場:東京都現代美術館 会期:2013年4月6日―6月9日 その第1室に入るなり嬉しくなった。最初期の日本画習作やコルクのコラージュと並んで、松本竣介の編集・発行による『雜記帳』のために描かれたデッサン2点と習作1点が壁にある。桂ゆきは引き裂いた風景写真や布やコルク片をランダムに、だが?密に貼り合わせる試作を手がけ(海老原喜之助がそれはコラージュという手法なんだよと彼女に教え、その初個展を支持して実現させたエピソードは素敵だ)、それをそのまま克明に描き写してもうひとつの作品としている、その最初(たぶん)のデッサンが『雜記帳』に寄せられたのである。今回展示されているその原画は、新しい時代をどんな先入観も知識もなしで彼女が直感的に捉えた兆しでもある。『雜記帳』の誌面のフレッシュな感触もさらに生きいきと蘇ってきた。 この画家の名を知ったのは≪進め≫(1952? 今回は展示されていない。人参を鼻先にぶら下げた馬の絵柄。図録にはそれが花田清輝の著書『政治的動物について』のジャケットに使われた写真が載せられている)≪みんならくじゃない≫(1954)、≪虎の威を借りた狐≫(1955)などによるが、それは桂ゆきという名だけにとどまらず、私にとっては大きな窓が開いて見えてきた戦後の新しい絵画の名でもあった。今回の回顧展では彼女の一貫した手法がじつはすでに1930年から、そして最晩年の90年までほとんどブレることなく高いテンションを保ったまま維持されていたことをあらためて教えられる。いいかえれば桂ゆきのどの時代もどの作品も文句なく私は好きなのだが、でもベストはと言えば上の3点あたりになってしまう。 「あるとき二階から屋根瓦を目近く見下していて、あるショックみたいなものを感じた。同形の瓦の起伏が規則的に際限もなくひろがっている、といっただけのことだったが、私は瓦とは関係のないある画面みたいなものを予感して、なんとなくガタガタ身がふるえた」(『美術手帖』1979年7月 今回展図録に収録)と画家自身が回想する特異な視覚によって、コルク片はもとより木株、着物の布地、新聞紙、花、野菜、魚からなんでもかでも全て押しつぶしたような細密な断片が「際限もなく」集積されてゆくのだが、それらは真っ当な作品へと傾斜しているといっていい。そして時代を追ってさらに自由闊達な昔話的色合いを帯び、大根や薩摩芋や人参や野の花と共棲する、桂キャラとでも呼べそうな、とぼけた目玉の愉快な鳥や動物や、そのなかに同化していく生きものたちの別天地もつくり出されている。マンガチックでもあり、とんでもなく楽しい。 けれども上の3点、つまりスーパーリアリズム風に描かれた籐の籠や藁編みの綱のかたまりが突然パカッと割れて、いたずら描きみたいな単純な線の馬や狐につなげられる独自の分割と連結は、絵画でもマンガでもない、桂だけの世界が決定している。そこでは細密描写の重厚と単線描きの軽妙とが同じ力でぶつかり合っているように見えながら、全体はいわばいたずら描きの方向性に支配されている。むしろ細密描写がその方向へと加速しているのだ。 結果としてその絵はあるメッセージを伝えようとしているのだが、私はそうした解読にうかうかと乗じたくはない。どうしたって権力への告発とか諷刺とかいった常套的な見方に陥ってしまうからだ。そんなものを超えて彼女の作品のすべてに漲る、子どもでも分かる幸福感、その絵を見る幸福感というよりその絵と一緒にいる幸福感をこそ、まったく別のアングルから解読したいのだが手がかりがまだ見つからない。とりあえず考えたのは、今回の展示会場にたくさんの椅子やベンチ(背のあるのがいい)をバラバラの向きで配置する。作品観賞にはこれまでどおりの動線を確保して、それとは別に桂ゆきの作品のある空間をひとときでも生活できる場所に切り換える。美術館的展示では見えにくい桂ゆきの身体性を、それなら感じることができるんじゃないか。そんな空想に襲われたのだけれど。 (2013.5.25 うえだ まこと) ■植田実 Makoto UYEDA 1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。 「植田実のエッセイ」バックナンバー 植田実のページへ |
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