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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第47回 「版画の景色―――現代版画センターの軌跡」  2018年03月04日

版画の景色―――現代版画センターの軌跡」展
会期:2018年1月16日〜3月25日
会場:埼玉県立近代美術館 

 50人近い作家による、270点あまりの版画が並ぶ会場である。多彩なのは版画史を追う作品群だからではなく、ある一貫性を感じるのは結社的な主張をもつ作家たちの集まりだからでもない。1974年から85年にかけて存在した「現代版画センター」が、版画制作、展覧会や講演会の企画、刊行物の編集発行などのかたちで関わってきた、アーティストと作品なのだ。  
そのような多彩と一貫性を引き立てるように設計された展示構成はとても気持ちがいい。ルートにせかされることも迷うこともなく、入口受付デスクと同室に飾られた靉嘔の「I love you」の連作から始まってオノサト・トシノブ関根伸夫などの魅力あふれる「景色」にうっとりしているとその先に磯崎新の巨大な立体作品「空洞としての美術館」が待ち受けている。そこからあとはどの順序で見ても構わない花園みたいになっていて、どの作家にも初めて対面するような新鮮さがある。出口近くで、草間彌生アンディ・ウォーホルが立ち上がる。その外に、関係資料のコーナーも用意されているが、特別出品としてジョナス・メカスの短篇映画「自己紹介」が上映されており、見逃したら大損だ。全部で3時間くらいを考えておくべきだと言うひともいる。名前に馴みがないがじっくり見たい作家も少なくない。]
   
現代版画センターが関わったアーティストはおよそ80人、作品は700点を超えるらしい。だから今回、展示に際しては大胆な編集が行なわれてかえってよい結果にいたったようである。センターの主宰者である綿貫不二夫は作品および関係資料の使用に全面協力を惜しまなかったが企画とその進行にはいっさい口出ししていない。関与を積極的に謝絶している。理由はカタログを読めば分かるが、理由がなくても自分の仕事のレトロスペクティブには関与しないのが賢明だと、埼玉の展示会場と図録(テキスト・ブック、ヴィジュアル・ブック、アトラスの、判形・製本仕様の異なる3分冊でケース入り)とに接すればすぐ分かる。当事者の思いが干渉しないのでとても透明。第三者の思いが充満して灼熱状態。ほかに思い当たる例がない会場の空気は、ただの作品展ではないことで、それは一隅に置かれた何冊ものファイル資料からも感じとれるのだが、作家や作品の厖大な数を超えて迫ってくるものがある。その数とは日本全国津津浦浦の「地方」である。
 図録のアトラス篇に、「現代版画センター・主要活動拠点分布図」というダイアグラムがある。1974〜85年に版画センターの自主的分室として名乗りをあげ、版画普及の道を拓いた各県内のギャラリーその他の会場の分布を表したものだが、北海道から沖縄まで、訪ねた記録がないのはわずか4県のみで、43都道府県に綿貫や同行のアーティストたちが足跡を残しているのだ。版画は複数つくれるアートだから同時期に各地域で出来たばかりの作品を中心にした展覧会やオークションが可能だという、じつに単純な発想を実行に移したいきさつは、今回の企画展示と図録が語りつくしている。活動というより10年間にわたる組織的運動になってしまっているのだ。驚くほかはない。そこに確かに生起したにちがいない連鎖反応の現実感。  
いま日本の大都市部では1年を通じて数えきれないほど多くの企画展が各美術館その他の場所で行なわれている。対応できないほどだ。国内だけでなく海外の美術館からも惜し気なく貸し出された作品が次々とやってくる。その目玉作品を強調する文句がどこでも決まっていて、「ついに来た、あの名作が実物で!」。近現代の美術ならとくに、「実物」を置いてそれを見に来させる地理的位相は、日本の中央と地方、西欧と日本の関係に重なる。これら「実物」は客人として遇され、やがて去っていく。忘れることなく会期中に見に行かなければというあせりのなかに、その作品がある。それはどういう現実感なのか。
 いかにも地方らしい地方の町や村を選び、そこに住む人々にアポなしでいきなりカメラを持ちこみ話しかけて取材するテレビ番組がある。そこで歴然とするのは、子どもから年寄りまで例外なく知的であることだ。率直さとユーモアを兼ね備えている。だから番組になりうるのだろう。この「地方」が大都市圏に近づくほど、人々の反応は弱く、しつこい。現実が希薄になり混濁する。それが大都市における生活だ。綿貫不二夫とその仲間が富山の薬売りのように訪ね歩いていた当時の地方の空は自分の光で晴れていて、そこで版画を見ること、買うことはすぐ自然の営みになった。  
全国に張りめぐらされたその「地方」は中央との位相を逆にした。その本来の位相は、埼玉県立近代美術館の担当学芸員および関係者の情熱と持続力によって目に見える展示と記録になった。その作業のめざしたところはあくまで版画そのものの「景色」なのだ。 (2018.2.23 うえだ まこと

012靉嘔コーナー、奥に木村利三郎
022関根伸夫コーナー、右は映像コーナー
DSC_0537カタログ、撮影は酒井猛、タケミアートフォトス

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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