瑛九 について vol.6
                  綿貫不二夫


 このページは掲示板 現代版画Q&Aにおいて、ときの忘れもの店主が瑛九についてコメントしたものを再録・編集したものです。

瑛九について 29 -フォトデッサンの天地-
 瑛九の話を再開します。瑛九のフォトデッサンに特徴的なことのひとつに、「作品に天地が無い(?)」とう大問題があります。フォトデッサンの多くはノ−サインです。自転車やバレリ−ナ、鶏、建物など瑛九の好んだ具象的な題材の場合は天地の確定は容易なのですが、抽象的なイメ−ジの場合、4辺のどこが天なのか、地なのかわからず、私たちは長年にわたり、四苦八苦してきました。
 ところが1997年6月埼玉県立近代美術館での『光の化石 瑛九とフォトグラムの世界』展図録において、学芸員梅津元氏が「天地について」という一項を設けて明解に論じています。そのまま引用させて戴きます。
………具象的なモチ−フで明らかに天地が判別できるもの、サイン等の書き込みにより天地を確定できるのものをのぞき天地不明である。(中略)制作の時点において天地が決定されておらず、展示や印刷物への掲載にあたってはじめて天地が決められた場合も多かったのではないかと推測される。これは、フォトグラムが水平に置かれて制作されることが多いことと関連しているだろう。……
 つまり、瑛九自身において、はじめから天地など無かったという解釈です。コロンブスの卵ですね。限定40部制作された例のフォトデッサン作品集『眠りの理由』全10点にも実は明確は天地はなかったようです。

瑛九について 30 フォトデッサンの制作点数-
 瑛九は生涯において何点ぐらいのフォトデッサンを制作したのでしょうか。銅版画や石版画についてはレゾネに近い資料が「瑛九の会」や関係者によって私家版を含め刊行されており、詳しい点数がほぼ確定できるのに対し、フォトデッサンに関しては網羅的な資料がほとんどありません。
 唯一、それに挑んだのが満生和昭氏(現大分市美術館館長)です。今から10年程前、全国に散在するフォトデッサンを可能な限り調査して『瑛九のフォトデッサン総目録作成のための調査報告書』を<第1回花王・学芸員研究紀要(美術館連絡協議会、1992年6月発行)>に執筆しています。たいへんな労作です。満生氏は東京国立近代美術館などの16美術館、個人15人、画廊8の計39箇所を調査し、それらが所蔵するフォトデッサン484点、と原型(形紙)448点の目録をつくりました。
 瑛九のフォトデッサンは何度も申し上げた如く各一枚しか存在しませんが、おどろくべきことに制作に使われた原型(形紙)が448点も残されています。原型を最も多く所蔵しているのが北九州市立美術館で280点です。ところが満生氏の調査によれば、当時確認された448点のフォトデッサン(オリジナル)と、残された原型とはほとんど一致しません。そこで満生氏は、「フォトデッサンの形紙として使われた原型は、約450枚程残されている。この原型のうち約半数が戦前に制作されたフォトデッサンを形紙として利用したものである。瑛九研究家の山田光春は、フォトデッサンの制作枚数を約千点としたが、現在確認できた約500点に原型を加えるとその2倍以上を制作したと思われる」と推定しています。つまり2000点以上ですね。

瑛九 フォトデッサン『森のつどい』型紙/表面 1950年 45.6x56.0cm
同 裏面
瑛九はフォトデッサンの失敗作を型紙に使った。

瑛九について 31
 さて、1936年から最晩年に至るまで(もちろん途中で中断した時期もありますが)に制作されたフォトデッサンの点数について、前回は少々わかりずらかったかも知れません。満生氏が10年前に調査したのは、16美術館、15個人、8画廊の計39箇所でしたが、その合計が484点あったという報告です。さらに残されている原型(形紙)が448点あり、それらから類推して瑛九は生涯に約2000点程の制作をしたのではないかという結論でした。当然のことながら当時、フォトデッサンを所蔵していたのは上記39箇所に限りません。
 またこのとき満生氏は多分知らなかったと思いますが、1960年3月瑛九没の直後、福井の瑛九頒布会のメンバ−6人が瑛九のアトリエに入り、作品の整理、調査を行っています。その調査リストによれば残された作品は3939点、その内、フォトデッサンは705点です。死んだとき705点も自宅アトリエにあったのです。生前、人にわたったものや、散逸したものを考慮すれば、2000点という推定はそう間違っていないでしょう。むしろ瑛九の並外れた集中力を考えれば、3000点位つくったかも知れません。コレクタ−の皆さん、まだチャンスは充分にあるということがお分かりと思います。


瑛九 『蝶』 
フォトデッサン・彩色・印画紙 27.1x22.0cm

 


-お読みいただきありがとうございました-


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 『瑛九作品集』編集を終えて-画廊主のエッセイ-