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井桁裕子−私の人形制作
第5回 「素材の話」 2010年1月20日
前回は寝言のような話を書いてしまいました。実際、制作が難航している時は悪夢のような気分になるのですが。そこで今回は、現実的な素材の話を書きます。

今、緻密な作業をする作品は桐塑で作っています。桐塑は簡単に言うと桐の粉にのりを加えて練るもので、かなり丈夫です。また有害物質を出さないので個人が生活空間で扱うには良い素材です。しかし、扱いが便利なものではありません。

これは一気呵成に大きな物を作るというようなことができません。いわゆる「引けが大きい」素材で、厚みを出そうと思ったら少しずつ重ねては乾燥させて、ひびを埋めて....とゆっくりとしか進められないのです。
分厚く肉付けしてヒーターなどで強引に乾かすと、表面だけ乾いてしまって内側が乾きません。ひびが入るのならいいのですが、ひびが出ずにふくらんで固まっている場合が危険なのです。この場合、内側の桐塑が先に乾燥した表面に引き寄せられるように固まってゆき、下の層と剥離して大きな空洞を形成しているのです。
この地下の空洞世界ができない乾燥のさせかたを最近発明しました。 「焼きイカの原理」とでも申しましょうか。(あまりこういうことを書くと人形のイメージを損なう気がしますが。)厚めに盛った表面にあらかじめカッターで刻みを入れておくのです。そうしておけば、強引に乾かしても乾燥に従ってそこが割れていくだけで、地下世界ができることはありません。あとでその刻みの谷を埋めていけばいいわけです。

堅くて丈夫というのは、一方では素手で加工するのが大変、という意味でもあります。
材木を切るための電動工具が欲しい、と何度思ったかわかりませんが、 アパートでチェーンソーは無理というものです。しかし、材木並みの丈夫さを持ちながら細部を作り込める粘土の性質を持つ桐塑は、不便があっても私には向いています。
写真は、桐塑に何も塗らずに仕上げたものです。
それ以前は2004年くらいまで「La doll」という石粉粘土 をずっと使っていました。水彩でざっと色をのせ、タルクなどを使いながらツヤツヤに光るほど磨き上げると、なんだか大理石と木の中間のような質感になって、大変気に入っていました。
これはやすりがけが容易で、きめが細かく、ごく細部まで作り込めて実 に扱いやすいのですが、とにかく傷がつきやすいのが難点です。
ラドールに水ガラスで塗装した人形
素材を変えたくなかったので、当時は表面に塗る塗料を丈夫にして、傷つきやすさをカバーしようとして模索しました。
沖縄の会社が開発した特許申請中の新製品を試したこともあります。(家庭用の木部に使う塗料で、ちなみに商品名は「キマモール」。)これは簡単に言うとケイ素を水でといたもので、ガラス質の透明な膜ができるというものでした。しかし使い残りの液は長期保存が利かないので、不経済なため断念。

漆はどうかと思って、漆の本(「うるしの話」岩波文庫 著:松田権六)を読んでみました。
本物の漆というのは、乾燥させて乾かすのではないのだと、初めて知りました。
水分が飛んで乾く、というのとは違って化学変化で固まっていくので、梅雨時のじめじめくらいの湿気を一定期間与えなければいけないのだそうです。そんなややこしいものは使えないと、試すこともなくあっさり除外。
ベトナムなども漆器は有名ですが、やはり湿気の多い国の素材であるのは間違いなく、あの美しい輝きは同時に実に丈夫なものだそうです。中国だったか、はるか大昔の漆器が土中から発掘されたのだそうですが、器本体は腐ってしまい、塗られた漆の薄皮だけが形のままに残っていたとか。

もう一つの伝統素材は胡粉。エコール・ド・シモンでは胡粉を木工ボンドで練るという、これもまた特許級な使い方を教えてもらいました。多くの方がご存じとは思いますが、貝(ハマグリ)の粉を塗料にするもので雪のような純白です。普通は日本画の絵の具と同じく膠で練って使います。

鍋がおいしい季節ですが、骨付きの鶏や魚を煮込むと、冷めた時プルプルと煮こごりになりますよね。あれは骨髄の中にいっぱい入っているコラーゲンが溶け出してくるからです。私たちの骨格も、カルシウムを膠で固めて作ってあると言えましょう。ゆえに胡粉を塗った桐塑の人形は、植物の肉体に動物の外骨格を形成したとも言える......というのは今思いついた妄想です。
胡粉で仕上げた人形
仕上げに磨きをかけないので、砂糖菓子のようなマットな質感。
結局現在は、胡粉は使わないで油彩で仕上げています。金属と油の酸化した膜は非常に堅く丈夫、科学的にかなり安定であり(たぶん)、人に対して安全と思われるからです。
しかし、完全な強度に達するパーフェクトな「乾燥」には30年かかるという説もあります。30年、いま私の手の中にある人形はどこで誰とその時を過ごしていくのでしょうか。

私のHPのタイトルが「人形を探す旅」というのですが、「素材を探す旅」といってもいいくらい、素材は重要だと思っています。

(いげた ひろこ)

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