ときの忘れもの ギャラリー 版画
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井桁裕子−私の人形制作
第10回 「展覧会を終えて」 2010年4月11日
前回、搬入のまっただ中に書いていた、あの日がなんだかまぼろしのようです。初めての、ときの忘れものでの展覧会は去る4月3日に終了しました。今は搬出も終わり、一段落した状態になってこれを書いております。
ご来場くださった皆様に改めて御礼申し上げます。

そしてご購入してくださいました方、本当に感謝しております。一生のお付き合いをしてくださる気持ちでお決めくださったことでしょう。そのように出会ってくださったことは、いろいろな意味で私の力を越えて起こった出会いだと感じております。
ありがとうございました。

展覧会が決まって、毎月のように画廊に通い始めると、よくお客様がいらして購入を検討されているところに遭遇しました。作品を前に、それについての話を聞きながら、真剣に考え込んでおられる様子は、それまであまり知らなかったシーンでした。当たり前のことですが、作品を買って行かれる方それぞれに、様々な人生があるのだ、と思いました。そういう時はこちらまでいくぶん胸が高鳴る感じがしました。

綿貫さんからいろいろなお話を聞くのも大変楽しい事でした。
先日は、「昔は版画をたくさん抱えて、日本中を旅して売って歩いた」という話をお聞きしてわくわくしました。
以前、州之内徹の本を愛読していましたが、そこにふろしきひとつで絵を担いで売りに行く画商さんの話が出てきます。私はそれを、哀愁を秘めた昔話みたいに考えていましたが、実は綿貫さんが、まさにそういう話を現実に生きてこられた方だったのでした。

会期中はおおぜいのお客様に来ていただきましたが、ご来場者の数において圧巻だったのはギャラリートークの日でした。
制作中、いったいこれをどうしようというのだ!と判らなくなりながら孤独に過ごしていた日々を思うと、完成を共有しに来てくれた方をご挨拶もせず帰らせてしまうのはあまりにもったいなく感じました。著名な方のご来場に沸き返ったり、多くの皆様に励まされ、とても幸せな12日間を過ごしました。

搬入直前まで、ただもう作るだけで精一杯だった私は、その先のことは「未知の世界」でした。
ときの忘れもので暖かいスタッフの皆様にお世話になり、本当にありがたく思います。
またこれからも、ご面倒をおかけいたします.....。



私は長らく、自分の作品は世の中と隔絶したものだと思っていました。展覧会をしても友人達に見せれば充分満足でしたし、自分の大事な「秘密の花園」にしておく気でいました。それは世の中の「販売」というルールの中に入るのが大変なハードルだったからです。

野菜や果物ならば簡単です。
「これは芋」「これは本当は花だけど食べられるから野菜」などとその本質が判り、誰も迷いません。しかし、芋なのか花なのか、よく見ると芋のような虫かもしれない、そういうものは世間に出せません。
というわけで、世に出ないつもりの私は芸術の名の下に(?)大まじめに脱線していったのです。



しかし、そんな「秘密の花園」が冷たく門を閉ざしていられなくなる事態がやってきました。数年前から、催事場で行われる人形展で「販売」の機会を頂くようになったのです。私には、黒船がやってきて貿易が始まるようなめざましい話でした。

そんな中、初めて見知らぬ誰かの宝物になることを願って作りだしたのは、焼き物の「Hypnos ヒュプノス」のシリーズでした。
ヒュプノスとはギリシャ神話の眠りの神の名です。死を司るタナトスの兄弟で、絵画では向かって左側だけに翼を持っています。彫像では、頭に翼が生えている姿もあり、その姿はとても魅力的です。
なぜ翼が一つしかないのだろう...と思いながら、私は眠りの神を子どもの姿で作りました。
大英博物館の石像

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私は、子どもの頃からぼんやりしてしまう癖がありました。立ったまま眠って倒れそうになったり、歩いていてさえ眠気に耐えられず、困ることがあります。学生の頃も困りましたが、会社員生活を実に困難に陥れたのも、この異常な眠気でした。
「酒のうえでの失敗」を話し出すと枚挙にいとまが無い人がいますが、私の場合は「こんなスゴイ状況でも居眠り!」という話が尽きません。

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一方、眠りは心の健康のバロメーターでもあります。
鬱病の診断の重要な基準に「眠れているかどうか」があります。ヒュプノスとの関係がうまくいかなくなると、担当が変わって兄貴分(?)のタナトスが仲良くしに来るのですね。この病気は真面目な人がかかりやすいとよく言われます。別に精神力が弱い人や性格の暗い人がかかるのではありません。

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フロイトも晩年、鬱病で苦しんだという話を読んだ記憶があります。そのときに自分を観察したフロイトは、鬱は、避けられないと思われる死を、静かに受け入れるために備わった生まれつきの本能だ... と結論したのだそうです。
年をとってからの鬱はそれで説明がつきますが、若い人の場合はそうとは思えません。生きがたいほどの苦しみを感じることがあれば、そのシステムが誤作動してしまうのでしょうか。
しかしできればタナトスはぎりぎりまで待ってもらって、ヒュプノスと仲良くしたいものです。こういった諸々の思いを乗せて「いっぱい眠ってね!楽しい夢、見てね!」という、お守りのような「ヒュプノスちゃん」をたくさん作ったのでした。
(せっかく画像を載せましたが、
これはもうみんな私の手元にはありません.....。)

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逆に今回の展覧会では、まったく「世に出ないつもり」の作品を展示していました。
その筆頭が2003年に制作した、「音楽家・金田真一氏の肖像人形」でした。

この作品の話を書こうとして冒頭の前置きがあったのですが、いくらなんでも長くなってしまいました。
展覧会終了の第10回で終わるつもりで書いてきたこの連載ですが、ここで終わるわけにいきません。後夜祭型の宿命と思し召しください。
読んでくださる奇特な皆様、次回・来月の5月10日をどうぞお楽しみに...!
(いげたひろこ)

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