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井桁裕子−私の人形制作
第16回 「映画『アリア』と『ハーメルン』」 2010年9月20日
原宿のエコール・ド・シモンに行くようになったいきさつを前回書きました。
それからしばらくたって、梅が終わって桜を待つような頃のことです。

私は5ヶ月ほどかかって舞踏で使ってもらうための大きな人形を制作し、桐塑の扱いもわかってきて、今度は張り子で赤ちゃんの人形を作ろうとしていました。
その日、作業机の向う側に座っておられたシモン先生は、だれかと携帯電話で話をしていました。
「あ、そういうのだったら、ちょうどいい人がいるから。」
だれか来るんだろうか、とぼんやり思っていると、先生はこちらを向いて、私に尋ねられたのです。女優さんに似せた人形を作って欲しいという映画監督が来るから会って欲しいのだけど、明日はここに来る?とのこと。
その人の映画にシモン先生が出演するということなのでした。
まあ、会うだけ会って....と控えめな感じで言われましたが、私はこれは面白いと思って喜んでいました。

翌日、なにやら迷子になったという電話がかかってきたので、私は、ものすごいお爺さんの新進監督だったりして....などと想像をたくましくしていました。
しかし、脚本と主演女優さんの資料を持って、あわてず騒がずやってきた坪川拓史監督は、まだ若い方でした。
世の中というのは妙なものです。すっかり忘れていたのですが、10年ほど前に、私はとある場所でアコーディオンの演奏をしていたこの人と会って、名刺交換などもしていたことがあったのです。
彼がその頃に制作を始めた自主映画「美式(うつくしき)天然」は、いろいろな人に助けられながら9年を経て完成し、海を渡り、イタリア・トリノの国際映画祭で日本人初のグランプリと観客賞のダブル受賞を果たしたというのでした。
一言でいえばこうですが、それには実に計り知れず書ききれないほどの感動的な経緯があったわけです。

じゃあ、映画の説明をしますね、というようなことを言って、坪川さんは静かに物語を話し始めました。
妻を亡くしたピアノ調律師の男が、その遺灰を撒きに行く海岸を探しに行こうと考えていて、彼は小さな古道具屋に身を寄せている。
その店の主人がシモンさんの役なのです。
そこへ、小松政夫氏演じる一人の人形遣いが訪ねてくる.....その人の持っているのは球体関節人形で.....
「あ、その人形が、女優さんに似ているんですね!」私は思わず口をはさみました。
「それはどのくらいのサイズなの?」とシモンさんも尋ねました。私は、もうすっかり作る気でいたので、スケジュールを考え始めました。
「う〜ん、制作日数が少ないですねぇ。間に合いますかねぇ。」
「昔の見せ物小屋の生き人形みたいに、服の下はちょうちんにしちゃってさ、頭と手足だけ作りゃいいんじゃない」
「う〜ん、それでいいのですかね。」
「どうするのが早いかな」「う〜ん、張り子で....」
.....あのう、続きを話していいですか.....と坪川氏がためらいつつも決然と言ったので、シモンさんも私もあわてて、はいはい、どうぞどうぞ、と聞く態勢にもどりました。
人形遣いは、修理してもらった人形を使って舞台をつとめているが実は病気で、舞台で倒れてしまう。そのとき人形の腕が外れて、壊れる......
「えっ、壊れるんですか!」関節は外れるけれど、壊れるというのはどうかしら!と私は考えを巡らせました。
「壊れるように作るのは大変だから、壊れた腕を作っておけば」
「そうですねぇ、しかし、落ちたぐらいじゃ壊れませんから、リアリティが難しいですよ。踏んだってそうそう壊れないですもん。」
......あのう、続きを....
なかなか話が順調に進まないのでした。

渡された資料は、モデルとしてCMなどで活躍し、女優へと転身しつつあった高橋マリ子さんの様々なパンフレットや雑誌の記事でした。
質に流したピアノを探して欲しい、と言い残して亡くなった人形遣いの形見の人形にそっくりな、彼の娘と名乗る女性が現れる...それがマリ子さんでした。
「生き人形みたいにしないでください」
と坪川監督は言うのでした。
私は今度は黙ってその意味を考えました。
その人形は、「この人に似せて作った人形」といきなり思われてしまうものではいけないのです。
使い込まれた古い人形があって、そこへ人形の化身のような若い女性が現れる。
つまり、その人形は昔だれかが作った、まったくただの人形として歴史を刻んだものでないといけないのです。
それでいて、その面影は「娘」との関係を示唆する何かを持っていなくては....。

5月、私は高橋マリ子さんにもお会いし、8月のクランクインにむけて大急ぎの制作にとりかかりました。
それは映画の内容と同じように、不思議な旅の始まりだったのでした。

撮影:与那覇政之

撮影風景

その映画「アリア」は2006年に制作され、以来、国内外の多くの映画祭で上映されました。
寄せられた感想を聞くと、大きな喪失を乗り越えてきた人ほど、物語を深く読み取って心を寄せてくれるように思いました。
そしてなぜか多くの人が、感想を語ろうとしているうちに、自分の人生の物語を語り始めるのです。
観た人の心に、一人一人違う「アリア」があるのでした。


現在、坪川監督の劇場用長編映画の第三作目「ハーメルン」の撮影が始まっています。私もまた人形制作を頼んでもらい、現在その制作の最中です。
今回は人形遣いの役に、芸術としての人形劇を作り続ける人形遣い、黒谷都さんが出演され、私の人形を遣っていただく事になっています。
この映画が完成したら、前作とあわせての上映となる予定です。
まだ当分先のことですが、どうぞ記憶の片隅にとどめておいてください。

映画公式サイト
http://www.lavalse.jp/hameln/
ふくラボ・ハーメルン応援サイト
http://www.fukulabo.net/is/hameln/

思えば「アリア」のときはずっと慌ただしかったのです。人形ができてからも、撮影の重要な日程と、もう一つ、私の人形を使う舞踏の公演が同じ日に重なってしまったので、私は公演のほうを他の皆さんに任せて、撮影に付き添いました。
しかし、今回はさらに、大事なイベントがいくつも重なってしまうことになります。
10月末に福島県・会津若松からさらに山奥の昭和村にて、「人形一座」の出演シーンの撮影があります。
その同じ日に、はるかポーランドのハンス・ベルメールの故郷、カトヴィツェで開催される四谷シモンさんの展覧会が終了を迎えます。私も少し作品を出させてもらっていますが、その搬出に私が行くことになっているので、日程の調整に悩みました。これを書いている現在も、まだ確定はしておりません。(ちなみに、私は一人で海外に行ったことはないので、無事に行って帰ってこられるのか、おおいに心配です。)
また同じ時期、10月26日から11月7日まで、奈良で遷都1300年のイベントの一環として行われる「飛鳥から奈良へ〜国際彫刻展2010〜」が開催されるのです。
そこに、私も参加させていただくことになっています。搬入、初日は現地に伺って、古都の空気を吸ってきたいと思います。

どれも限られた時間であっても極力丁寧に向き合うべき事で、これから当分、未だかつて無い濃密な日々を過ごせそうです。

〜〜
この場をお借りしてお知らせさせてください。
9月30日から10月7日の日程で、丸善・東京駅丸の内本店4Fで「第5回人・形(Hitogata)展」もあります。
私は、新作は少ないのですが、在庫の作品などもカワイイのをいくつか出しています。
何かのついでに寄れそうな場所ですので、どうぞお立ち寄りください。

次回は、10月はお休みして、11月20日に更新の予定です!
よろしくお願いいたします。
(いげたひろこ)


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