井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第24回 「『升形山の鬼』4月」 2011年6月20日 |
2007年春、私が原宿の「エコール・ド・シモン」に通い出してからもうすぐ2年が過ぎようとしていました。
ここで教えている制作方法は主に、作り始めに設計図を描いて、できあがりより一回り内側のラインをとって、スタイロフォームを削って芯を作り、そこに桐礎を盛って作っていくやり方です。 私もその方式で設計図を描いて、スタイロフォームで芯を作りました。 この芯はあとで掘り出して、その分が空洞になります。材料の節約となるべく軽く丈夫に作るために、桐礎の部分の厚みを均一にしたいところです。 具体的にスタイロフォームの削りだしですが、あの体の「一回り内側の形」というのはどうもうまく作れません。 設計図といっても、正面図と側面図で出るアウトラインだけを切り出していくことになります。 この作業を軽視してはいけないのに、筋肉の切れ込んでいる部分などは省略したまま、勢いにまかせて桐礎を盛り上げ始めてしまいました。 * 川崎の東生田会館という施設に吉本大輔さんたちの稽古場があります。 すぐその裏手は生田緑地で、升形山と呼ばれる小山があります。 4月の花見の時期にその升形山の桜の下で「花狂い」と称して夕方から夜にかけて踊る謎めいた催しがあるのです。 大輔さんのもとに集まる舞踏集団「天空揺籃」とその友人の、数人の舞踏家達で行われるものです。 終わると見学者と一緒にぞろぞろ山から下りていって、そのまま稽古場で宴をする習わしです。 私もそうした時には出掛けて行くのですが、それとは別に、ある程度じっとしてモデルになってもらう時間が必要でした。 (写真:今年の花狂いでの吉本大輔さん、高橋理通子さん、石川慶さん。撮影は志ん弥さん・えみさん https://picasaweb.google.com/shinya.chosokabe) 4月14日、土曜の夜。稽古場に行って上半身の撮影をさせてもらいました。 私一人のために、大輔さんは踊ってくれたのでした。 * その印象を脳裏に持って帰って、月曜にエコール・ド・シモンで作りかけの自分の「大輔さん」をみると、どうにもぼんやりとしたつまらない固まりに見えました。 スタイロフォームで芯を削った時は、盛り上げた後から彫り込んでいけばいいと考えていたのです。 しかし、甘い見通しで焦ってやり始めた作業は、大規模な修正が必要になっていました。 乾燥した桐礎の堅さは、木材並みです。 もっと初めから造形的に正確に作り込んでおかないといけなかった....。 もったいないのですが、作業の先が見えなくなって初めからやり直すことにしました。 今度は油粘土で造形した原形を元に石膏型を作り、紙張り子で形をおこすことにしたのです。 私は「勇気ある撤退」とつぶやきながら、プロレスラーのような上半身を抱えて自宅に持ち帰りました。 中が空洞なので鎧のようで「着られるかも」などと妄想がよぎりましたが遊んでいる場合ではありません。 置き場所がないので、ベランダに寝かせておきました。 気持ちを切り替えて、今度は骨組みの柱を立て、塑像を造っていきました。 シモン先生が「油土が足りないでしょう」と、近所の「倉庫」にしまってある油土を出してくださいました。 小さいポリバケツ一つ分の油土を二人がかりでやっと運びました。 ナイフを片手にスパスパと気持ちよく造形しているうちに、ポリバケツの油土はほとんどが作業台の上に移動していきました。 予想はしていましたが、できた原形はとても一人の人間が動かせる重さではありません。 3人がかりで原形をどうにか横にし、石膏型をとりました。 「これ、型を作っても一回しか使わないんでしょう?もったいないねぇ。」 手伝ってくださったT先生がそんなことを言われるので、私は自分の先行きが不安になってきました。 しかし、後戻りはできません。 できた石膏型は小さめの山のようにあたりの視界を遮っていました。 これをこじあけ、中身の油土をほじくりだせば、型の完成です。 しかしその作業が、またたっぷり9時間ほどかかってしまうのでした。 4月末ついに、この石膏型にのりをたっぷり染みこませた和紙を厚く張り込む作業をし、ここから後は自宅で進めることにしました。 もう出掛ける時間が惜しい状況だったのです。 原宿の雑踏をかきわけて型を積んだキャスターを引いて帰るのは、ほとんどお祭りの山車を一人で引いていくように思えました。 あと1kmというところでキャスターが壊れ、タクシーでやっと自宅へ。 たわむれに重さを量ってみたら27kgありました。 放っておけば、乾燥まで数日かかります。 この時の設備投資で私は「布団乾燥機」を導入しました。 以来、我が家の布団乾燥機は、ふとん以外のものばかり乾燥させています。 5月に入ってしまいました。 しきりに降った雨が止み、良く晴れたある日、私は数日ぶりにベランダに出ました。 作業のために閉じこもっていて、ベランダにさえ出なかったのです。 すると、小さめの座布団くらいのなにかせんべいのようなものがベランダの床にへばりついていました。 「な、なんだろう、これは!」 しばらく呆然として、ふと気がつきました。 それは前に「勇気ある撤退」をした際の、あの失敗した上半身の変わり果てた姿だったのです。 桐礎の固まりは雨を含んでぐずぐずになって潰れ、天日干しされ、せんべいと化していたのでした。 展覧会は6月16日からで、はがきも出来上がって配られていました。 すでに搬入まで一ヶ月ほどに迫っていたのです。 次回に続く。 (いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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