井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第26回 「『升形山の鬼』小さないかだに乗って」 2011年8月20日 |
今年も8月がやってきました。
かつての戦争と同じあやまちを、今の日本はいろいろと形を変えて繰り返しているような気がします。 私は中学1年生の時に、それまであった環境も人間関係もみんな変わってしまったことがあります。 もともと問題児として育っていましたから、引っ越し先でうまくとけ込めなかったのです。 家族とも時間帯がすれ違うので生活から会話というものがなくなり、1年も経たないうちに私は言葉を発することが出来なくなりました。 戦争でも津波でも放射能汚染でもなく、ただ人間関係を失っただけで、私は何も話せず座ったまま動けない子どもになったのです。 今、あらゆる場所において、人を傷つけない事が難しいのです。 自分の心が壊れないように生きるのがせいいっぱいという人も多いと思います。 原因を問わず、大切な何かを失った人、またそもそも与えられてこなかった人.....。ともかく、気持ちだけはそういった人と仲間でありたいと考えています。 何をなすべきか試行錯誤しておられる方々も多い中、先月、私は友人から被災地のボランティアに誘われたのです。 車に分乗していくから安く済む!....しかし私はその時、熱中症で寝込んでいるさなかでした。 自分が無力だとは言えません。実際、無力ではないはずです。 ただ、無能なのです! 表現は人を救うより傷つける事が多い気がして、そういう意味でも、私は無能で怖いのです。 この文章も、作品も、ブルース・リーのまねをして大きなヌンチャクを振り回して夢中になっている子どもみたいな気分です。 〜〜〜 2007年に私が個展をやった「オルタナティブスペースRAFT(らふと)」は、東中野と中野坂上の間くらいにある小さなスペースです。 現在はダンスを中心に演劇や音楽など様々に実験的な企画がそこで営まれています。 2006年1月にできた、まだ比較的新しいスペースですが、ダンスの日韓合同企画など、海外との交流も盛んです。 『「RAFT=らふと」とは、川を渡ったり海を越えたりする「いかだ」のことです。〜(中略)〜表現の場を求めている団体・個人に対してけいこ場、創作、発表の場を提供〜(中略)〜子ども、障害者、高齢者など、文化を享受しにくい立場の方たちへ文化を運ぶ支援事業〜中略〜芸術/文化を媒介とした新しく柔軟なつながりを多くの人々とともに育んでいきます。』 上記は、抜粋にもほどがあるというほど抜粋しましたが、HPにはこの事業内容、趣意書の全文があります。 http://www.purple.dti.ne.jp/raft/かつて私の会社員時代の後輩だった来住真太さんがここの管理をしています。 「 RAFTは生まれたての風をはらむ帆船。 集い来るアーティストも観客も野次馬も、熱く空に伸び上がる高気圧。 台風の目のなかに、若き風神ありて良く笑う。 今日も筏は大波を越え走ってゆく。」 これは私がRAFTの紹介として某所に書いた言葉です。「若き風神」はもちろん来住真太さんで、何かの比喩ではなく、事実よく笑い転げている人です。 彼が在職当時、私たちの職場には若い人達が何人もいて、我々はパスタクラブという「部活」で「同じ鍋のパスタを食った仲間」だったのでした。 それはただ、毎日昼休みに給湯室で人数分のパスタをゆでて、おかずもそろえ、会議テーブルでみんなで食べる...という昼食会だったのですが。 思えばそれが私の短い青春だった.....というような、実に愉快だった一時期でした。 やがて「来住くん」は何か思うところがあるふうで、会社を辞めてゆきました。 退社後の彼については、演劇関係のほうで何かやっていると風の便りに聞くばかりでした。 それから数年、2004年に私も会社を辞めました。 その年にあった東京都現代美術館での「球体関節人形展」の後、現美でご一緒した他の作家の皆さんは、満を持して展覧会をしたり、あるいは教室の運営など、もとの活動へとそれぞれに戻って行かれました。 その時期からしばらくの間、急にデパートの美術ギャラリーやあちこちの画廊で人形展がよく開かれるようになりました。 私はそのような「ブーム」にもまるで関係なく、帰って行く自分の日常さえも無いままでした。 私にとってはそんな時期でしたが、来住くんはちゃんと仲間と一緒に夢を形にするところまでたどり着いていたのです。 始めは工事中の変な写真を見たせいで、先行き不安な感じがしました。しかし、始まってから行ってみると「らふと」は、とても落ち着く気持ちのよい場所なのです。 私は、この2年間の未発表の作品を、ここに並べたいと思ったのでした。 そしてこの話の最初に戻るのですが、そんな矢先に吉本大輔さんとの出会いがあったのでした。 会場の展示計画、照明などは、球体関節人形展以来お世話になっていた菊地拓史氏にお願いしました。 備え付けのピアノを展示に使ったり、舞台用の台や暗幕を借りたり、照明もうまい具合に調節してもらい、実にいい空間ができあがりました。 6月16日、いよいよ初日。 吉本大輔さんと一緒に、版画家の渡辺千尋さんや門坂流さんも来てくださいました。 天井から吊られた「升形山の鬼」を前にした大輔さんの第一声は、「ふーむ、俺の顔はひげが無いとこんな感じか。」でした。 とくにオープニングパーティーと決めてはいませんでしたが、夜になるとお酒が開けられ、なんとなく酒盛りになってゆきました。 当時終巻を迎えたドール・フォーラム・ジャパンの編集長だった小川千恵子(羽関)さん、そしていつもよく会う人形作家のお仲間達も集まってくださいました。 渡辺さんは、「お祝いのときのトルコの歌を歌ってあげよう」と言って立ち上がり、さあ皆の衆よく聴くようにとばかりにその場のおしゃべりを制しました。 何事かと衆目の集まった瞬間に、大きく息を吸って、いきなり天井を突き抜くような大音声で歌が始まりました。 言葉はさっぱりわかりません。一同は度肝を抜かれて愕然と聴き入っています。 大輔さんと門坂さんはこれを知っているので、いたずらっぽい顔で笑っています。 来住くんだけがあわてて私のところにやってきて「もう!だめですよ!またご近所の人から苦情が来ちゃう!!」小声でかつ断固として言うのでした。 が、トルコの歌は音量が並みでないだけではなく思いのほか長い歌で、ご近所の皆さんもかなり堪能させたに違いなく思われました。 困っているのにこっそり私に言うのが来住くんの優しいところなのでしたが、まだその頃のRAFTはご近所の皆さんと「新しく柔軟なつながり」が十分には築けていなかったという事情もあったのでした。 悪かったなぁ、と思いつつも、楽しかったなぁ、と思い出す、本当に幸せな瞬間でした。 渡辺さんは、2005年に青山でやった私の中途半端な二人展を見に来てくださっていました。 渡辺さんだけが正直に「何やってんだ、しっかりしないと!」と言ってくれました。 今思えば、あの意気消沈してしまうような展示からよくぞここまで来たね、という気持ちでトルコの歌をやや長めに歌って頂いたのだと思います。 会期中には、写真家の鬼海弘雄氏が、人形を撮影してくださいました。 この方も、渡辺さんの大切なご友人なのでした。 (現在、鬼海氏は東京都写真美術館で「東京ポートレート」展を開催中です!) http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-1384.html 芝居小屋・RAFTがさらにその真価を発揮したのは、会期中の大輔さんの舞踏公演の時でした。その日の入場者は記録が残っていませんが、大変な混雑でした。 梅雨入りが一週間以上も遅れた暑い日の夕刻。 雨雲とともにやってきた大輔さんは、ひとしきり人形と戯れ、観客の傘を静かに受け取って道路の向こうの虚空へと帰って行きました。 (その日の映像を残してくださった立体アニメーション作家で左官職人の齋藤典之さん、写真を撮ってくださった志ん弥さん、えみさん、そしてKunioさん、ありがとうございました。使用した写真は上記の皆様の撮影です。) これを書いていたのは8月18日でした。 3月の原稿は、震災のショックにトーンを合わせるような気持ちで渡辺さんの事から書き始めたのでしたが、ちょうど最後を書く日が18日になりました。 偶然ですが、この日は渡辺千尋さんの三回忌の命日だったのでした。 始めから決まっていたかのようで不思議ですが、それより安心したような、嬉しい気持ちになりました。 (ただ、締め切りギリギリになって尾立さんは不安でいっぱいだったと思います!!) 長文にお付き合いくださり、ありがとうございます。また来月お目にかかりましょう! 〜〜〜参考情報〜〜〜 「銅版画・渡辺千尋」 http://www.aya-co.jp/watanabe/index.htm RAFT/HPサイト http://www.purple.dti.ne.jp/raft/サイト内「企画の記録」をさかのぼると展示記録があります。 ちなみに、8月のRAFTの週末はコンテンポラリーダンスです。ご興味のある方はぜひ! DANCE NEST vol.5 8月19(金)20(土)21(日) DANCE NEST vol.6 8月26(金)27(土)28(日) 〜〜〜 以下にもう一つ、この場をお借りしてのお知らせです!! 先日このブログで「HPが変更した」とお知らせをしていただいたのでしたが、結局元のままで見られるようになりました。 変更してくださった皆様、無駄なお手数をおかけしてご迷惑をおかけいたしました。 以下のアドレスが現在は生きています。お騒がせいたしました。 最新のアドレス> http://web.me.com/naranja_toronja/Site/Welcome.html 旧アドレス> こちらでも大丈夫です。 http://web.mac.com/naranja_toronja/iWeb/Site/Welcome.html 〜〜〜 (いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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