井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第38回 「制作中」 2012年8月20日 |
大きな動きのある人体など、複雑な形を立体にしていきたいなどと思い始めると、その作業はおのずと実験になっていきます。
設計図という物が描けないからです。 絵では簡単なものが3次元空間では存在できなかったりします。 また、細かい造形を全体にしてしまうと、ヤスリがけなどの作業をする時に、地面に接して圧力がかかった部分が壊れてしまうといった問題があります。 むやみに机や床に置いてゴリゴリやるわけにはいきません。 子どもくらいある人体像を、膝の上に抱き上げたり抱え込んだりして圧力を逃がしながら、全身を使ってレスリングのような格好で造形しています。 固定して、彫刻の塑像のような作り方をすればいいのでしょうが.....。 重力と折り合いがつかなくなると作業がストップするので、考えながら造形しないといけません。 他にもいろいろと問題が出てくるわけですが、先送りにできる事はなんとなく「どうにかなるだろう」と思ってごまかしながらやっていきます。 するとそれは「もはや先送りに出来なくなった問題」としていつか必ず立ちふさがってきます。 それは「もう引き返せなくなっている問題」とも言えるわけです。 こうして抽象的に書くと、私の場当たり的な制作は、現代社会のあらゆる「問題」の深刻化の過程と相似形のようではありませんか。 たとえば、このまま大きなややこしい形のものを作り続けて行って、最終的にどのように壊さずに画廊まで運ぶのか、作っていながら計画がありません。 いずれ困ることが予想されるのに、「まあその時考えればいいや、なんとかなるだろ」と思って作業を続けています。 このようにして目先の目的以外に盲目となったあげく「想定外の事態」が必然的に準備されていくのは、人類の深刻な問題すべてに共通している....と私は気付いたわけです。 これは夏の暑さにやられた妄想でしょうか。 人類も私も、その能力を超えたことに手を出してはいけなかったのではないでしょうか。 人類の愚かしさを体現しつつ、制作は続いて行きます。 科学技術の発達は、人間の磨き上げた高度な技能を脅かすことがよくあります。 かつて写真が発明された時に、多くの肖像画家は「これで商売あがったりだ」と絶望したと聞きます。 実際の人体をそのまま立体コピーする方法としては、70年代に、アルギン酸(歯医者さんでも使う寒天のようなモノ)などによって人体を「型取り」してスーパーリアルな彫像を作ることが行われました。巨大なドラムカン状の筒に人を入れて、流体のアルギン酸を上から大量に流し込んで人を封じ込め雌型を作るのだそうです。型取られる人はその中で息をこらえて数分じっとしなければいけません。 その頃はスーパーモデルなどを全身まるごと型取りしたマネキンが作られたりして話題を呼びました。 南青山の岡本太郎記念館に行くと、同じ方法で作られた「太郎さん」が来館者を迎えてくれます。 現在は、スキャニングによって、3次元の立体もデータ化されてコピーできるようになってきました。 リアルさを求めるならコピー技術に頼った方が断然話が早いと思われます。 なぜ私は長い時間をかけて手でごそごそ作らなくてはいけないのでしょうか。 人の顔を、誠実に再現しようとして苦心していると、何かそこに特別な表情が現れるのです。 それが何ということは言えませんが、おそらくそれはコピーでは出ないものです。 モデルになって頂く方は、単に姿が美形だからという理由ではお願いはできず、この長期間の私の凝視に耐えうる精神力(?)を有する方に頼まなくてはなりません。 今、モデルになってもらっている高橋理通子さんは、今年の秋は吉本大輔さん達と一緒にポーランドでの公演の旅に出てしまいます。 彼女が日本にいるのは9月半ばくらいまでなので、それまでに作品の全体像がはっきりさせられるようにしたいのです。 今年も小さなアパートの一室で、夏が慌ただしく過ぎて行きます。 (いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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