井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第41回 「肖像と「加速」のイメージ <3>」 2012年11月20日 |
22日からいよいよ展覧会が始まります。
これを書いている現在は、搬入の途中といったところです。 前回は2010年の3月から4月にかけての、春の展覧会でした。 2010年は非常に忙しい年で、また映画「ハーメルン」に出演する人形を作っていたせいもあり、あまり自分の作品を作っていませんでした。 なので、焼き物は別として、桐塑の作品はどれも2011年に取り掛かったものです。 「加速する私たち」はつい最近までは「理通子さんの人形」とか「りっちゃん」などと呼んでいました。 2011年春から作っていましたが、秋になって、ちょうどハーメルンの撮影で福島県昭和村に行くという頃に制作が行き詰まってしまいました。 肖像として、彼女が現在たくましく生きて輝いている、ということを大切にしたかったのに、2011年の春以降、向き合わされる現実はあまり希望が持てない事ばかりだったので、生命力のある造形をどういう気持ちで作ったらいいのか判らなくなったのです。 「墜落」という小さめの作品は、その行き詰まっている部分を素直に形にしたものです。 それを作り終え、ようやく今年の春から、展示の中心になるはずの「りっちゃん」を大車輪で仕上げて行ったということなのでした。 素材の事では、2010年に「弦楽器 谷口」の谷口勤氏の知遇を得て「バイオリンのニス」を頂いたというのがひとつ面白いポイントでした。 そもそもニスとはなんなのか? オイルやアルコールで天然樹脂を溶かしたもので、一般的に樹脂と言えば石油製品の合成樹脂ばかりですが、天然のものは、たとえば琥珀が原料だったりする場合もあり、なかなかロマンティックです。 頂いたニスはオイルニスで、これは空気に触れて酸素と結びつくことで固まります。 普通の生活の中では、ものが酸化することは劣化を意味します。 食品や、人間の皮脂などの酸化は、極力それを抑えることが重要なテーマです。 よく抗酸化作用があるというサプリメントを飲んだりもしますね。 人間にとっての酸化はすなわち老化でもあるのです。 しかし、絵の具やニスは酸化することに意義がある(という冗談はもはや骨董品級ですが)、酸化の速度を促進させるにはどうするかという工夫をするわけです。硬化の速いオイルを得るためにはあらかじめ熱を加えて酸化させますが、変わった方法では塗った後に紫外線を照射して乾燥を早めたりします。 桐塑にニスを塗るとどうなるか、ハーメルンの人形「ユトロちゃん」の見えない操作部分などで実験してみて、私はニス独特の蜜のような色と輝きに夢中になりました。 金属の粉を組み合わせると蒔絵のようにならないか、油絵の具を塗った上にニスを塗ると何が起こるか...などやってみたいことがいくつもありました。 そういうことをいきなり作品で試しまくったので、「墜落」の制作の仕上げは実に緊張感に満ちたものでした。 ニスは固まったかに見えた絵の具を溶かしてしまい、筆を乗せると下地が引っ張られて崩れてしまいます。真鍮の粉を塗った部分にニスを塗ると金属粉が浮き上がり、ニスの流れが作品表面に不思議な模様を描くのでした。網とブラシで霧状に油彩の表面にしぶきをかけると、その肌はちょうどよい梨地になりました。
* 今回、上映会を予定している「アリア」の坪川拓史監督の、最初の長編映画は「美式天然(うつくしきてんねん)」という作品でした。これは取り壊されることになった古い映画館をなんとかして映像に残したいという思いから始まったものでした。「アリア」も、また最新作の「ハーメルン」も、お金では価値の計れないものを探しに行ったり、守ろうとしたりする物語です。 映画に出て来る美しい浜辺も坪川さんの子ども時代に遊んだふるさとです。 それはとても羨ましい事で、私の中には、そのような原風景とも言うべきものはありません。 あえて言うならば、コンクリートの山脈のような巨大団地群と、東京中のゴミを集めた埋め立て地、そしてそこに今も保管される「第五福竜丸」の姿が私の原点のようです。 「加速する私たち」というタイトルを言葉通りに肯定的に受け止めた場合、ゆっくりと時間のながれる「アリア」は見事に正反対の映画ではなかろうか!?ということに気が付いて、私は可笑しくなりました。またそういうつもりで見るならば、私の作品の意味も未来派みたいな感じに解釈されてしまうでしょう。 私がやりたかったことはダイナミズムの表現そのものではもちろん無くて、加速して「行かざるをえない私たち」の肖像を造りたかったのです。 作品がどのように会場で存在するか、展示作業はまだこれからです。 長い時間をかけたわりにはささやかな一歩かもしれませんが、自分にとってはどれもが大事な作品になったと思っています。
(いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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