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井桁裕子のエッセイ−私の人形制作
第43回 「幻の薔薇色」 2013年1月20日
東京は思いがけないほどの大雪が降り、これを書いている現在、外はまだ雪景色です。
私が子どもの頃は雪だるまなど作ったものですが、この近所は通学路で手頃な空き地もあるのに、あまりそういうものを見かけません。
これだけ手つかずの雪があればさぞや巨大な雪だるまが...と思いましたが、空き地といっても私有地なので、さすがに気が引けてできませんでした。今の子どもたちはどんな遊びをしているのだろう、と思います。

私が子どもの頃は、絵画教室に通わせてもらっていて、それがとても良い想い出です。
愉快な若い女の先生が自宅でやっている教室で、楳図かずおの「まことちゃん」が全巻そろって置いてありました。
小さい子から大きい子までみんな一緒の部屋で、花瓶に生けた花などをよく描いた記憶があります。

小学5年生の時に「紙粘土で好きな物を作る」という時間がありました。
猫やウサギなど動物にしようかと思いましたが、なんとなくそれは「幼い」ような気がしました。
やはり人体....それも裸婦を作らなくては!
当時、講談社の「25人の画家ー現代世界美術全集」というのを1冊ずつ予約購入してもらっていたのですが、最初に届いたのがルノワールの画集でした。
私はそれを観て、解説やルノワールの語った言葉なども読み、絵画とはまさにこれだ!と思っていたのです。
そこで、片手で頭を支えて横たわる裸婦を作る事にしました。
私の脳裏にはルノワール好みの豊満な女性と同時に、当時人気だったファラ・フォーセットの水着姿も焼き付いており、髪型はそれを真似て豊かなウェーブヘアです。少しおばさんのような髪型になりましたが、「こういう人もよくいるから、それはそれで良い。」と納得しました。
翌週まで乾かして、一週間後、いよいよ着彩に取り掛かりました。
私は「ただの真似ではなく、日本人の大人にしよう」と考えました。
肌はルノワールのように明るいバラ色にしましたが、髪と陰毛部分は黒々と塗りました。そしてきちんと色素沈着のある部分を塗り分けた乳房。
「これはもう”図工”ではなく”美術”の世界になっている!」と私は密かに胸を高鳴らせていました。
すると巡回していた先生が私の作品を見て、絶賛するかと思いきや、いつになくとまどいの表情を浮かべたのです。
そして「あらまあ、裕子ちゃん、これはちょっと恥ずかしいから、色を変えましょうね。」などと言うのです。
先生によると、彫刻はおおむねブロンズ色だというのでした。
私は、それは素材が違うせいではないだろうかと内心思いましたが、「まことちゃん」を全巻揃えているほどおおらかなセンスを持った先生が本当に頬を赤らめて困っているのです。なので、これはやはり直した方がいいのかなと思いました。
そこで私の初めて制作した天然色の裸婦は、全身を焦げ茶色に塗り替えられて「完成」したのでした。

「人体像を肌色に塗ると人を困惑させる」ということを私はこのときに知りましたが、結果的には、子どもの素直な欲求を抑圧するとこのようになる、という見本のような大人になってしまいました。
その時の作品が残っていたら面白かったのですが、残念ながらありません。
嬉しそうに雪を蹴って歩く子どもたちを観ていて遠い日をありありと思い出してしまいました。

(いげたひろこ)

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