井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第48回 「映画「ハーメルン」完成」 2013年6月20日 |
この連載で何度かその経緯について書いてまいりました、映画「ハーメルン」(坪川拓史監督)。
このたび、ついに完成しました。 昨年11月にはときの忘れもので、前作の長編映画「アリア」の上映会を企画していただき(壁にアイロンがけしたシーツを貼っての上映でしたが)ご来場の皆様と楽しいひとときを共有しました。 あのときはたった1日の上映で、ごく限られた人数しか観ていただけませんでした。 しかし今度は違います。「ハーメルン」はロードショーが決まりました。
18日に五反田のイマジカで「ハーメルン」最初の試写会があり、行ってきました。
私が関わったのは人形劇のシーンだけでしたが、脚本を読み、撮影の舞台となった「昭和村」の旧喰丸小学校にも行きました。 できあがった映画を観て、自分にとっての手触りや感情の記憶をともなうその同じ風景が、純化して映像となっている不思議さを感じました。 おそらくこういう不思議さを、ご協力された昭和村の方々も感じられることでしょう。 長い期間をかけ練り上げられた脚本も、会津の歴史、戦争、過疎の問題、また原発事故など、取材した多くの事柄が物語に加わって熟成していったと聞いています。 つまり、完成したものは、まるで米と麹が様々な厳密な過程を経て最終的には透明な日本酒になるような変わり方で「映画」となっている、という気がしました。 この映画は想像を超えて繊細な、そして自由なものでした。 神秘的な体験をしたときに、世界のすべてが必ず何かとつながっていて、それらが響き合う時に本当の意味が明らかになる感覚を味わう時があります。 しかしそれを、筋道を立てて説明してしまうと良くできた物語にはなるのですが、体験の深さからは離れてしまうと思うのです。 「ハーメルン」では、ただ感情を周到に?き立てるために映像を囲い込んではいないと感じられるのです。(たとえば「泣かせるストーリー」といったようなものに。) 感じ方を観る人にゆだねるかのようで、そこを私は自由と感じたのです。 繊細というのは、単に繊細さを鑑賞して愛でる映画ということではなく、観る側に繊細さが要求されるのです。 それは、ちょっとよくわからないまま行き違っていく言葉のやりとりが、実はひとつひとつ意味を持ってしだいに複雑な物語が見えてくる構造があることに、観客は徐々に気が付かされるからです。 主人公の野田青年が何かと口ごもっては言葉を濁す姿と、映画全体のそういった構造とが、実はフラクタルな関係になっているようにも思えます。 全編を通じてテーマとなる「カノン」という曲も、どこかこのフラクタル構造のようなものと響き合う形を感じさせる音楽です。 この映画は個人の、まったく主観的な神秘的経験をひたむきに映像にしたような印象があるのでした。 誰の人生にもある「取り返しの付かないこと」、それをどうにか取り返したいという思い。 これを純粋に野田青年やリツコさんの心に寄り添って観ることもできるでしょうし、もっとはるかに大きな寓意として感じることも可能でしょう。 観る人によって、様々な見え方があると思います。 ストーリーを知った上で観ていても、多くの発見がありました。 そして、何度でも観たい映画だと思いました。
9月7日からの渋谷・ユーロスペースを皮切りに、順次全国で上映される予定です。 すでにネット上では発表されておりますが、宣伝などはまだまだこれからです。 http://www.hameln-film.jp/ 少し先ですが、皆様どうぞご期待くださいませ。 〜〜〜 もうひとつお知らせです。 「詩と思想」7月号に、私のインタビュー記事が掲載予定です。 モノクロの雑誌ですが写真も9点入り、12Pにわたるものです。 (インタビュー時は春だったので、私本人の写真がセーターを着ています....。) 発売は毎月28日とのことで、一部書店では取り扱いがあるそうです。 http://www5.vc-net.ne.jp/~doyobi/ ちゃんと制作の話を書きたい気もしますが、もう少し作業が進んだ頃に書こうと思います。 (いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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