井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第51回 「朽ちていくもの、残そうとすること」 2013年9月20日 |
このところブログでは映画の話ばかりで恐縮です。
映画「ハーメルン」を、18日にやっと劇場のスクリーンで観てきました。 宝石のように美しい映像、切なく緻密な物語は何度でも観たいと感じる作品です。 21日からは大阪(梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋)での上映も始まりますので、お近くの方はぜひよろしくお願いいたします。 きっと忘れられない1本となるはずです。 18日は、美大の大学院に通う若い友人と一緒に渋谷ユーロスペースに行きました。 行く道すがら彼女の大学のお友達の作品についての話を聞きました。 その方は版画をやっていて、福島県いわき市の出身なのだそうです。 ご実家には、地震で家が損壊したことと原発事故の罹災を申請するための書類が届いており、それは申請すれば見舞金が「一人当たり7万円」支払われるというものでした。 彼女のご友人は、その書面を拡大し、1メートルほどの大きな版画作品にしたのだそうです。 しかしこれは、わざと新聞紙のような劣化してぼろぼろになる紙に刷ってあり、ただしまっておいて朽ちるにまかせる、ということなのでした。 失われていくことそれ自体に現実の状況が重ねられている、そういう作品だと思います。 もしかしたら、「存在するのに見ることができない」という事を作品にしたかったのかもしれません。 それは「コンセプチュアルアート」と呼ばれるようなものでしょう。しかし秘められたまま失われていくことによって、作品はこの世界を覆い尽くしたシステムのどこからも逃げおおせたまま、目撃者の記憶だけに残って消えていくことになるのでした。 しかし私はその話を聞いた時は、せっかく形にしたのだから見られないまま朽ちていくのは惜しい、たとえ自分の怒りや悲しみを吐き出すためだけに制作されたものであっても...というような感想を伝えたのでした。 作品そのものが無くなっていくとしても、生まれてきたからにはなるべく多くの人と出会ってこそ意味がある、と思ったのです。 それは我ながらごく普通の考え方で、それゆえに正しいのかどうかは一層わからず、また本来、言うべき言葉も見つからないようなことに違いないのでした。 その話をしていて、震災後の「制作」についていろいろと思い出しました。 2011年のとある企画展で「震災後の制作についてどう取り組むのか」といった内容の出品作家の皆さんによるパネルディスカッションがありました。実に大変な問いかけなので、どんな話になるのかと恐る恐る聞きに行きました。 しかし、そこでは作家の皆さんは「自分は幸い被災しなかったし、とくに変わっていない。気にしないようにしている」といったことを口々に言うのでした。 あるいは無理に泰然自若を装うということだったかもしれないのですが、惑わされないようになるべく情報を遮断しているとのことでした。 知らないようにしていれば心も迷いようがありません。しかし、制作どころではない現実を意識してしまえば、それに「影響されていない自分」にむしろ不安にならない人はいなかっただろうと思います。 あの時期のみならず、今現在も、時が過ぎて振り返れば「あの特別な時代」として意識される時間の中にあるのだろうと思います。 「ハーメルン」も、この美しい映画があのときに作られるべくして作られたという事、今上映されているということは、何か特別なことだと思っているのです。
ユーロスペースを出て、ちょうど18日が初日だった「人・形展」会場へ向かいました。 すると丸善の中ではちょうど映画の続きのように、パッヘルベルのカノンが流れていました。 この展示はささやかに10点ほど小品を出していて、24日4時に終了です。 もう一つ、同じ24日から販売ではない展覧会に参加します。こちらは原宿(明治神宮前)です。 映画の人形にはひそかに名前があって、「Jutro(ユトロ)」ちゃんというのですが、この笛吹童子の最初で最後の世間へのお披露目として、展示させてもらう良い機会となりました。ここでは作品の販売など営利活動はできず、宣伝チラシも置けないのが残念です。誰か映画を見た方がたまたまいらしてくれたらいいなぁ...などと思っています。 〜〜 「創作人形展〜それからの人形たち〜」/チームコヤーラ主催 9/24(火)〜29(日)/10時〜18時(最終日16時まで) NHKふれあいホールギャラリーにて。 昨年の人形公募展受賞者・注目作品の「今」と、プロ作家、チームコヤーラの作品、約50点。 <地図> http://www.nhk.or.jp/event/fureaihall/gallery/map.html <チームコヤーラ・サイト> http://www.ab.auone-net.jp/~koyaala/ (いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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