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井桁裕子のエッセイ−私の人形制作
第52回 「感情移入されるモノ」 2013年10月20日
人形というのは、生き物に模した物体ということが言えるでしょうが、それはモノの形の話です。
もっと感覚的に人形が好きかどうかというのは、命の無いモノに対して感情移入するかどうかが大きいと思います。
物体でしかない存在に生き物のように感情移入する心理状況は生活の中によく現れます。
たとえばカメラなど身近な機械類、自動車や電車など乗り物のたぐいにさえしばしば「対人形的心理状況」が発生するだろうと思うのです。
そういう、物体に生命感を感じてしまう人間の意識を面白いと思っています。
これはすでに知られた言葉で「人形愛」と同じ意味だと思います。

現代美術の作品には、そういう感情がまず発生しません。
オブジェとして、マネキン、剥製、ぬいぐるみの動物などが使用されることがよくあります。
しかしそれはなんらかの役割を演じているのであって、別にそれ自体の存在感が追求されてはいません。

ところで、実際に動物などの死体を使うことで物議を醸す作品もあります。
死体はもはや単なるモノなので(革製品なども元をただせば死体である、といった意味で)どう利用しようが問題は無いはずですが、姿を保っていると生命への冒涜を感じさせます。
他の生命を奪う人間存在の残酷さを浮き彫りにするのが死体です。
そういった「死体」に感情移入してしまうと、遺体をどう扱うかへの冒涜感で不快と憤りが発生します。
物議を醸す理由はそこにありますが、ここで「不快感を感じない」という人は同時に作品の意図である人間の残酷性についてもいまひとつ感知しないであろうと思われるし、私としてはそこになんとなく矛盾を感じています。
死体を使った作品は死体がその作品を成立させているすべてです。
これがハンドメイドの作り物だったらどうでしょうか。
急に作品は人間の意思の暖かみを帯びてしまい、悪意すら感じるメッセージ性は希薄になります。
遺体そのものと、人間によって再現されたモノと、そこにどんな違いがあるか、簡単に言えない問題があると思います。
作品の意図に反して感情移入されてしまった遺体と、誰かに作られた人形との、違いと共通点は何なのでしょうか。

また、たとえば絵画では、イラストレーションと絵画は区別されていますが、イラストというのは大衆的に受け入れられることを目的としたものという意味だと思われます。
人形という言葉を彫刻と対比して考えると、「絵画」に対する「イラスト」ほどにも評価は高くなく、単なる外側の形をわかりやすく造形してあるつまらないものの意味で言われることが多いと思います。
彫刻を作った人に「よくできた人形だ」「フィギュアみたい」などと言ったらあまり良い顔をされないでしょう。
それは「ただの表面的な造形だ」と言われているに等しいからです。(その場合、太古からある呪術的な人形のことはもちろん忘れられています。)
作家の主体的な表現がそこに読み取られるべきであって、見る側の勝手な感情移入で私物化される「人形」では作品にならないのです。
人形は、ただ感情移入の器として成立しているということでしょうか。
しかし、そういうものが人形だとしたら、人形という枠で表現をしようという考えには、どういう問題が立ちはだかるのでしょうか。



去る9月29日、「チーム・コヤーラ主催/創作人形展」の公開講評会の講師役で参加してきました。
私としては、講評希望者それぞれのやりたいことをはっきりさせていけば自ずと道が見えるものだろうと考えて当日を迎えました。
そんなつもりでしたが、もう一人の講師のT氏が「これは創作人形とは呼べないのではないか」といったような批評を厳密かつ直截にするので、思ったよりずいぶん緊迫した感じで話が進んでいきました。
「創作的ではない」ということが批判される場合はわかりやすいのですが、「これが人形かどうか」という問題には、なぜそこにこだわるのかという根本的な謎があるのでした。
造形表現という大きな枠の側からみれば、「人形が作りたい」というのはやはり特別な限定がそこにあるのです。
この場合の「人形」とはなんだろうか?



人形ということと、「表現」とは相容れないものなのか、あるいはそれは何か新しい世界なのか。
これについてはまた後日に書こうと思います。
(いげたひろこ)

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