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井桁裕子のエッセイ−私の人形制作
第56回 「神奈川県立近代美術館・葉山「柳瀬正夢」展へ。」 2014年2月20日
先週の大雪で大きな影響がありましたが、またもやこの原稿の掲載頃に大雪との予想が出されています。
被災している地域への援助が一刻も早く行われる事を願っております。

現在、神奈川県立近代美術館・葉山で「柳瀬正夢」展が開催中です。私は初日に行き、長田謙一氏(名古屋芸術大学大学院教授)による記念講演会を聴くことができました。
柳瀬正夢については大学生の時にその存在を知りました。
講演を聞く中で、表現とメッセージの問題についてかつて考えた事が、改めて整理された気がしました。

柳瀬正夢の生きた時代は大日本帝国憲法と治安維持法の時代でした。
米騒動や労働運動が広がる一方で、思想・表現の自由は激しい弾圧によって封殺されました。
1923年には関東大震災が起こり、その混乱に乗じて在日朝鮮人や社会主義者が虐殺されるといった事も起こりました。
しかし、日本が戦争の狂気へと突き進む中にも、それと闘った運動がありました。
国際反戦連帯運動「クラルテ」を日本に広めた思想文学雑誌「種蒔く人」、無産者新聞、文芸戦線、また読売新聞や朝日新聞などを舞台に、柳瀬は侵略戦争の本質を暴き抵抗する表現に取り組んで行きます。
その政治漫画、装丁やポスターなどの力強い表現をさして、戦後、柳瀬は「人民の画家」といった言葉で紹介されてきました。
しかし今回はその言葉をはるかに越えた、実に多様な活動を紹介する展覧会であるため、「時代の光と影を描く」という副題になったということでした。
私の母校、武蔵野美術大学にもたくさんの作品が所蔵されているし、過去の展覧会でも何度か作品を観ましたが、これだけの規模の展覧会は初めてで、とても見応えのあるものです。10代の頃の美しい油彩画も多く展示されていますが、その早熟な才能と、短い生涯の中で残された仕事の豊富さに驚かされます。

その日の講演の冒頭で、「前衛(アヴァンギャルド)」という言葉について述べられました。
これは政治的な意味と、芸術の表現の意味と、どちらにも使います。ロシア・アヴァンギャルドの頃まではこれは一つの事のようにされていました。
が、やがて、芸術的な前衛と、プロパガンダとして「利用される」芸術とは対立するものであると考えられるようになりました。
しかし、現代はさらにそこを踏み込んだ認識の地平に我々は立っている...すなわち「すべての芸術は西洋美術のプロパガンダと言えるのではないか」ということです。
ところで、柳瀬の「プロレタリア美術」の表現は、どうであろうか?
一見、抽象画のように見える表現も、実は具象のモチーフが隠されている。それは漫画の表現と同じで、旗やハンマー、鎖を引きちぎる人物や、社会を揺るがす爆弾、革命を意味する龍….などの記号的なクリシェが散りばめられたものだと分析できるのです。
講演の最後は、これらは一見、芸術的な意味の前衛ではないと言えよう、しかし、たとえばたくましい労働者を描くその人物表現の、クリシェを越えた過剰さはどうだ。そこにこそ、萬鉄五郎らが切り開いた身体の表現とも通じるアバンギャルドがあるのではないだろうか?といったようなことでまとめられました。

豊富な内容をざっくり書いてしまって、これではあまりに申し訳ないのですが、この興味深い展覧会を及ばずながら紹介したく思いました。
気になった方はぜひお出かけ下さい。
〜神奈川県立近代美術館<葉山館>HP〜
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/public/HallTop.do?hl=h

私は、大学生の頃はグラフィックデザインを学び、漫画研究会で漫画を描いていました。
今している制作は、それとは全く違う、とても個人的な表現です。
世の中に背を向けているような気持ちになることもよくあります。
それでも社会の変化が急流のように激しく感じます。
柳瀬の時代と今とを比べるのは考え過ぎでしょうか。
個人的にも来し方行く末を見つめた逗子への小旅行でした。


(いげたひろこ)


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