ときの忘れもの ギャラリー 版画
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井桁裕子のエッセイ−私の人形制作
第57回 「夢の話 2」 2014年3月20日
私が会社員をやめてから、今年でちょうど10年になります。
ちょうど10周年の記念である4月に引っ越しをすることになりました。
今いる部屋がどうにも狭くなっていたところに、良い話があって即決したのです。
今度はやや不便な場所ですが、少し広くなります。
そして実にありがたいことに、住み慣れた東京を離れずに済みます。

作品の話を書きたいのですが、まだ詳しいことを書ける段階ではないので、年明けに書いた夢日記の続きを載せて頂こうと思います。
文字通りねごとのような話ですみません….。



アトムの夢/2010年4月24日土曜日

その夜は雨が降っていて、私はあちこち出かけて疲れて帰って来たのだった。

台所で何か音がして、私は目が覚めた。
暗い中に、幼い少年が這うような姿勢で居るのがかろうじてわかった。
私が手探りで近寄っていくと、その子は私のひざに乗ってくる。
ずっしりと重く、冷たい。

  ぼく、やっと帰って来たよ。

小さな声で甘えてくるが、暗さで顔は見えない。
私はその肩を抱えて、小さな背中をなでる。
肌はシリコンの手触りで、雨に濡れていた。

その体はいくら抱いていても、暖まってはこないのだ。
鼓動も無く、呼吸もしていない。
私は黙ってびしょぬれの子どもを抱いた。

  ここに入るのは簡単だったよ。
  いつも、あそこから入っていたんだ。

見上げると、玄関ドアの上の明り取りのガラスが開いている。
風と一緒に雨が吹き込んでいて、外には常夜灯が弱々しく灯っていた。

私は思い出した。
昼間、外でこの子に会ったのだ。
そして私は「君は前にうちの子だったのに、覚えていないの?」
と嘘をついてからかったのだ。
彼はその言葉を信じて、自分の記憶情報を組み替えてその新たな過去につじつまを合わせ、こんな夜中にここへ「帰って」きてしまったのだ。
鉄のパンツ一丁で、雨の中、ジェットで空を飛んで。

命のない彼が、どんな衝動にかられてここまで飛んできたのか。
アトムはいっそうしっかりと私の胸に顔をすりよせてくる。
何千キロも先の音を聞き分ける耳で、私の心臓の鼓動を一心に聞いているのだ。

いいんだよ、ずっとここにおいで。
しんとした機械の体を抱きながら、
私は涙がこみあげてくるのを感じた。
かわいそうな、アトム。

だが、彼は私の思いを感じる心を持たない。
この子を愛すれば愛するほど、私は孤独になるのだろう。

井桁裕子
「集中力」
2012年
陶・釉薬

(いげたひろこ)


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