井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第58回 「夢の話 3」 2014年4月20日 |
先月書きましたが、現在、引っ越しの荷造りをしています。
数日前まで、東側に立つ2本の大きな桜の花吹雪に建物ごと包まれて過ごしていました。これも今年で見納めです。 この原稿が掲載される頃には新しい部屋で荷ほどきしているはずですが、まだ現実味がありません。 今の場所には15年近く住んでいました。たぶん私はこの部屋の最後の住人になるはずです。 荷造りは過去をも梱包する作業です。 仕事で描いた絵なども、刷り物と一緒にまとめてみたら、みかん箱で14個くらいになりました。 もうどこにも使うあてのない原画なので、以前ずいぶん処分しましたが、やはり捨てられないものがたくさんあります。 カラーの絵を描くときは、紙はCANSONの180kg、絵の具はウインザーズ&ニュートンの透明水彩がお気に入りでした。 それらのロゴを見るだけで心が熱くときめいていたことを、今は静かな気持ちで思い出します。 台所からは1994年2月製造の白玉粉が出てきました。 このシラタマ子が人間の娘であればもう二十歳、肩のひとつも揉んでくれる優しい子に育っていたことでしょう。 などという様々な感慨に耽っているといつまでも作業は終わらないので、あまり思いを広げないようにしようと思います。 10年が過ぎてもこうして制作を続けていられる今があることの、ありがたさとかけがえのなさを思いつつ、その具体的な結実を私は現さなければなりません。 制作の話は、ある程度の区切りまでやってからでないと書けないので、なかなか書けませんでした。 作業はまだ最初の一歩の状態ですが、自分のやっている事がなんなのか、やっとその意味が説明できそうな気がします。 次回くらいから少しずつ書こうと思います。 今月は間に合わなかったので、またシュールレアリストのまねをして夢の話です。 〜〜〜 予言の夢/2009年4月29日 そこは、石造りの古い神殿のような場所だった。 1人は年を取った白い髭の男。 その堂々とした態度には権威が示されている。 もう1人、若くも年寄りでもない男が彼に向き合いながら立っていた。それが私だった。 2人とも、ゆるやかな白い古代の服をまとっていた。 もう日が暮れようとしていた。 夕日で長い影が伸びている。 白い髭の男は軍人、あるいは貴族で、いずれにしても高い地位にある人物だった。 どことなく傲慢そうな表情だったが、私はこの人物を知らない。 やがて私の口を通して、彼にしか聞こえない神秘的な予言の言葉が語られた。 それは、”お前は報いを受け、罪をつぐなうことになるだろう…..”というような意味だった。 彼はどんな罪を?語っているのは私だが、その意味は私にはわからない。 白い髭の男もけげんそうな顔をして私を見返していたが、やがてふいに何かに気付いたように視線を落として石段の下を見た。 そして、彼は弾かれたように石段を駆け下りた。 そこには理不尽な理由で殺された奴隷が血と泥にまみれて横たわっていた。 白い髭の男はもう威厳を保てず、ひざまづいてその体をかき抱き、大声で泣きくずれた。 見ず知らずの奴隷の姿が、今、彼には最愛の息子の姿に見えているのだ。 彼は身寄りのないその遺体を抱きしめて、痛ましい涙声で話しかけている。 彼はこの奴隷を息子として弔うだろう。 予言の「報いを受ける」というのはこの深い悲しみと喪失のことだったのか。 そして「つぐない」とは、罪もなく殺された奴隷を我が子と同じように抱きしめ、心から弔うという事なのか。
(いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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