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飯沢耕太郎のエッセイ
福田勝治―孤高の唯美主義者(2) 戦前の苦闘と作品世界の開花  2011年1月13日
 福田勝治は幼い頃に父母が離婚したこともあって、養家を転々として過ごす。1920年に上京し、高千穂製作所(現オリンパス光学工業)に勤めて体温計を製作していた。そして21年に友人からヴェスト・ポケット・コダック(ヴェス単)カメラを購入したのをきっかけに、写真撮影に熱中するようになる。そんな中で、次第に写真家になりたいという希望がふくらんでいった。
 福田は『芸術写真研究』誌を主宰する中嶋謙吉や、1922年に日本光画芸術協会を創設し『白陽』を刊行していた淵上白陽の薫陶を受け、絵画的な技法によって繊細な画面を作り上げていく「芸術写真」を制作するようになった。静物写真を中心にいくつかの公募展に入選し、30年には大阪で青雲社という広告制作会社に勤めて広告写真も撮影するようになるが、会社は1年余りで倒産、なおも苦しい生活が続いた。
 長い苦闘の時代にようやく光がさしこんでくるのは、1936年に偶然銀座で旧知の福森白洋に出会ったのがきっかけだった。大阪で浪華写真倶楽部の有力会員だった福森は、この頃は上京してコダック・ジャパンの支配人をしていた。福森の紹介で、福田は『アサヒカメラ』に「カメラ診断 人物写真の分析」という連載を始める。「眼」「鼻」「口」「手」「脚」「全身ポーズ」「部分的な見方と写し方」など、豊富な作例とわかりやすい記事で「人物写真」撮影のポイントを解説した連載は好評を博する。これをきっかけに、福田は各写真雑誌に作品や記事を掲載する人気写真家になっていくのである。
 その大衆的な人気を決定づけたのが、1937年にアルスから刊行された『女の写し方』だった。美しく、健康的な女性の魅力をアピールする100枚の写真に、弾むような文章で的確な解説をつけたこの写真技術書は、モデルに原節子や入江たか子のような美人女優も含まれていたこともあって、爆発的な人気を集めた。戦争へと大きく傾斜しつつあった世相の中で、その手放しの美への憧れが一服の清涼剤となったということだろう。

福田勝治『女の写し方』
(アルス刊、1937年)より

 だが、次々に写真集や写真技術書を出版し、夏には軽井沢に写真館を開業して避暑客の人気を集めるという華やかな生活は、長くは続かなかった。1940年に刊行された自選写真集『出発』(光画荘)に、福田は「私もこれから再出発です。及第するまで女の世界の美しさを見極めたいと願って居ます」と書いている。だがその望みは、それからすぐに叶えるのがむずかしくなっていった。太平洋戦争の開始とともに、写真器材の統制が厳しくなり、写真雑誌も廃統合されて、時局に合わない「女の世界の美しさ」を表現するような写真は、ほとんど掲載することができなくなってくるからである。

福田勝治写真集『出発』
(光画荘、1940年)

 戦時体制の強化とともに、福田は心ならずも『牛飼ふ小学校』(玄光社、1941年)や『神宮外苑』(日本写真工芸社、1942年)といった、報道写真的なテーマを扱わざるをえなくなった。だが、彼は最後まで戦争の遂行には非協力的な態度を貫き、1945年の空襲で家を失ってからは、既に疎開していた家族と合流して、故郷の坊府で雌伏の時を送る。そして終戦とともに、ふたたび堰を切ったように旺盛な表現意欲を発揮して、写真家としての活動を再開するのである。(つづく)

■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA
写真評論家。主著に『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)『写真的思考』(河出ブックス)『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など。近刊にアフリカ紀行『石都奇譚集』(サウダージ・ブックス+港の人)。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか、2010年秋現在、文芸誌「文學界」にきのこ文学評論を連載中。

福田勝治
「Still Life 静物」
1952年
ゼラチンシルバープリント
40.5×32.0cm
裏面に遺族のサインあり

福田勝治
〈イタリア紀行〉より「オスティア」
1955年
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
24.5×19.0cm
裏面に遺族のサインあり

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