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飯沢耕太郎のエッセイ
福田勝治―孤高の唯美主義者(3) 戦後の福田勝治  2011年1月14日
 戦後になって復刊した『カメラ』(1946年2月号)に、福田勝治は「聖鐘」という一文を寄せた。彼はその中で「益々勉強をし、若々しく、益々美しい物を作り、人々の精神を高め、清め、新鮮にさすやうな仕事を希って止まない。美は愛されるものであるとすれば、私は、その愛情を多くの人々に生涯捧げ尽すことを聖約する」と書いている。まさに、この宣言の通りに、彼は美の理想の追求に向けて邁進していった。
 特に福田が執着したのは、戦前には発表すらむずかしかったヌード作品だった。1946年に防府で開始されたヌード写真の撮影は、47年に東京移転後も続けられ、『人体頌歌』(富岳本社、1947年)、『花と裸婦』(イヴニングスター社、同)といった写真集として結実する。ヌード写真こそ、終戦直後の人々の、肉体と精神の解放感に応えるものだったのだ。同時に、戦前からの彼のトレードマークともいうべき女性ポートレートの撮影も続けられ、女優、藤田泰子をモデルとする「心の小窓」(1949年)のような傑作が生み出された。

福田勝治
「心の小窓(藤田泰子)」
1949年
ゼラチンシルバープリント
36.4×27.0cm サインあり

 だが、戦後の焼け跡・闇市時代の苛烈な現実を背景とした「リアリズム写真運動」が盛り上がってくるとともに、福田の写真を「見せかけのきれい事だけの写真」(土門拳)とみなすような批判も激しくなってくる。福田はその批判を先取りするように「新現実主義」(『写真芸術』1949年)という文章を書き、自分は「内なる美の衝動、感激、愛情をそのまま正確に表現すること」をめざすと主張していた。たしかに戦前・戦後を通じてその姿勢には揺るぎはなかったものの、彼のスタティックな女性写真やヌード写真が、この頃からやや時代にそぐわないものと感じられていったことも否定できないだろう。
 福田自身にもその自覚は充分にあったようだ。1954年からは中判カメラに代えて主に35ミリカメラを使用するようになり、広角レンズを多用したダイナミックな表現をめざすようになる。その成果はすぐにあらわれ、1955年にキヤノン・コンテストに応募した「修道尼と船」が推薦に選ばれて、イタリア旅行に招待された。イタリア滞在では、モノクロームとカラーを合わせて5000カット以上を撮影したという。翌56年に開催された「イタリア写真展」(日本橋・高島屋)に展示された、のびやかでエネルギッシュなイタリア各地のスナップショットは大きな反響を呼び起こし、福田の不死鳥のような復活を強く印象づけた。

福田勝治
〈イタリア紀行〉より「ローマ空港の近く」
1955年
ゼラチンシルバープリント(ヴィンテージ)
14.0×21.0cm 裏面に遺族のサインあり

福田勝治
〈イタリア紀行〉より「オスティア」
1955年
ゼラチンシルバープリント(ヴィンテージ)
14.7×21.3cm 裏面に遺族のサインあり

 だが1960年代以降になると、家庭内の問題や体調不良も重なり、彼は写真界の本流からは次第に距離をとるようになっていく。70年代以降は、まるで童画を思わせるみずみずしいカラー静物写真の制作に没頭するが、それほど評価を得られないまま孤独が深まっていく。かつての華やかなスポットを浴びた時代と比較すると、晩年はやや寂しいものだったように見えてしまう。91年12月26日、92歳で永眠。翌92年1月10日に、故人の遺志により「花と音楽」の葬儀が営まれた。
 福田勝治の作品とネガの大部分は、現在山口市の山口県立美術館に寄託されている。1994年に同美術館で回顧展「写真家/福田勝治展―孤高のモダニスト」が開催されたが、その後大きな展覧会は企画されていない。もう一度その作品世界の全体像を開示する機会を作っていくべきだろう。今回の「ときの忘れもの」での「福田勝治写真展」が、そのきっかけになるといいと思う。

■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA
写真評論家。主著に『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)『写真的思考』(河出ブックス)『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など。近刊にアフリカ紀行『石都奇譚集』(サウダージ・ブックス+港の人)。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか、2010年秋現在、文芸誌「文學界」にきのこ文学評論を連載中。

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