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小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」
第5回 偏在する「金髪碧眼赤子」  2013年10月25日
妊娠する以前から気になっていたことの一つが、女性誌や化粧品などの広告写真に登場する赤ちゃんモデルの多くが、いわゆる白人の赤ちゃんだということでした。私は広告写真に登場する白人の赤ちゃんを「金髪碧眼赤子」(このように書くと、古代の宝物の文様のような趣があります。)と呼んでいますが、妊娠・出産を経て、ベビー用品を選んだり、購入したりする過程で、さまざまな広告を目にする中で、「可愛い赤ちゃん」の記号として登場する「金髪碧眼赤子」の存在が、ますます気になるようになりました。

(図1)
女性誌『CREA』
「母になる!」特集表紙(2005-2013)

(図2)
「赤ちゃん肌」を謳う化粧品広告

妊娠中だった2010年の秋に、書店で見かけた女性雑誌『CREA』の11月号の表紙には、まさしく「金髪碧眼赤子」というべき白人のあかちゃんが、歯の生えていない大きく口を開けて笑っている顔をアップでとらえた写真が「母になる!」という見出しとともに掲載されており、そのインパクトに目が釘付けになった記憶があります。通常、『CREA』では日本人のタレントや女優、俳優の写真が表紙を飾っていますが、2005年から開始され、毎年11月号に定期化している「母になる!」特集号では毎回「金髪碧眼赤子」が表紙を飾っています(図1)。20代、30代の働く女性をターゲットとした『CREA』で、定期的に妊娠・出産にフォーカスした特集として組まれるようになった背景には、近年の少子化・出産の高齢化という傾向が強く影響しているのでしょう。通常、ファッションやコスメ、グルメ、カルチャー、旅行などのトピックを扱っている女性誌としての立ち位置からすると、「母になる!」号の表紙に、「金髪碧眼赤子」を登場させるのは、『ひよこクラブ』や『Baby-mo(ベビモ)』のような育児雑誌の表紙に近い雰囲気になるのを避けるため、という事情があるのかもしれません(育児雑誌の表紙では、日本人に見える(もしくは東アジア系の)赤ちゃんモデルが採用されています)。しかしそういった事情よりも、ウェディング関係の雑誌の表紙の多くで、ウェディング・ドレスを着た白人女性のモデルが登場するのに近い印象を与えもします。つまり、まだ「母になっていない」読者に対して、妊娠や出産、育児という現実生活のトピックを、ファンタジーや夢の要素を含めて演出して伝えるための手段として、「金髪碧眼赤子」がアイ・キャッチャーとしての役割を担わされているのです。
化粧品やスキンケア用品の広告にも、「金髪碧眼赤子」が使われていますが、ベビークリームやベビーローションのような赤ちゃん用の商品に限らず、むしろ女性誌に掲載されるようなアンチエイジングを謳う化粧品に頻繁に登場します。たとえば、肌を滑らかに見せ、毛穴やシミ、クマを目立たなくさせるファンデーションやBBクリームの広告(図2)では「赤ちゃん肌」というキャッチフレーズ(赤ちゃんの肌のように、きめ細やかで瑞々しく弾力のある肌、の意味)とともに、「金髪碧眼赤子」が登場します。そもそもそれなりに年齢を重ねた肌で、生まれたての赤ちゃんのような肌を目指すのは無理のあることで、なぜこのような言葉がスキンケアの文脈の中で生まれて定着してきたのか、という経緯にも興味が及ぶところです。
「赤ちゃん肌」という言葉が使われるようになる以前の段階として、スキンケア商品やファンデーションの広告で、肌の毛穴を目立たなくさせる効果を強調するものが2000年代初頭から急増してきたことが挙げられます。私はこのような傾向を「コスメ界における毛穴撲滅運動」と呼んでいますが、このような傾向には、デジタル・カメラや映像機器の高画質化、ハイビジョン・テレビやモニタの進歩や普及が強く影響しています。画像や映像が高画質になり、それまでは写らなかった肌のディテールや毛穴までも鮮明に写るようにったことが、毛穴を目立たなくさせる化粧品への需要を高める要因になったと言えるでしょう。また同時に、コンピュータ上で画像をレタッチして、毛穴のない滑らかな肌を作り出すという技術も格段に進化しています。昨今ではプリクラやスマートフォンのアプリでも、写真を撮影した後にフィルターを選択したり、エフェクトを加えたりすることで、画像の色調やコントラストを変えたり、肌の肌理を整えたり、顔のパーツを修正することができる機能が広く用いられています。
このような画像加工を重ねた上で作り出される「白く、明るく、滑らかな肌」がもてはやされることと、化粧品やスキンケア用品の効果を「赤ちゃん肌」という言葉で謳う近年の傾向は密接に結びついているのではないでしょうか。
美容産業やファッションは写真や映像と結びつき、長きにわたって美醜の価値観を消費者に植えつける役割を担ってきましたが、「赤ちゃん肌」という言葉と共に用いられる「金髪碧眼赤子」は、サブリミナル的に「美しさ」を年齢や人種に結びつけて判断するように促し、差別意識に根差した価値観を反映してもいるのではないでしょうか。

「赤ちゃん肌」へのブランディング(刻印)
(図3)
ディートリック・ウェグナー、「Cumulous Brand, Bill」

(図4)
ディートリック・ウェグナー、「Cumulous Brand, Sabine Sitting Up」

近年の現代美術作品や広告写真の中には、企業やブランドの広告に登場する赤ちゃんモデルのありように対して問いを投げかけたり、従来にはないアプローチを試みたりしているものがあります。オーストラリア出身の現代美術家ディートリック・ウェグナー(Dietrich Wegner, 1978年生まれ)は、彫刻や写真で「Cumulous Brand(累積するブランド)」というシリーズ作品を制作しています。(図3)はシリコンとウレタンで制作された臨月期の胎児の実寸に近い立体作品で、身体の皮膚を埋め尽くすようにブランドのロゴが描きこまれています。写真作品(図4)では、撮影された赤ちゃんの肌の上にロゴの画像が合成されています。「累積するブランド」というタイトルは、赤ちゃんが生まれる前からブランドのロゴに埋め尽くされるような現代の消費社会のありようや、人工授精のような生殖医療技術を通して赤ちゃんが生まれてくる現状、赤ちゃん本人が自覚のないままに商品や企業の広告に使われるありようなど、赤ちゃんと企業・商品との結びつきを暗示しているようです。「ブランド(brand)」という言葉は商品や家畜などに「焼印を押す・刻みつける」という意味に由来しますが、ウェグナーは、「赤ちゃん肌」に対して写真という二次元と、彫刻という立体物それぞれにブランディング(刻印)をほどこすことで、見た目に強烈なインパクトを具えた作品に仕立て上げているのです。

(図5)

(図6)

kobayashi_text_kaasan_05-7.jpeg へのリンク (図7)
(図5,6,7)
「Playtex for Difficult Little Peoples」(厄介な小さい人たちのためのPlaytex)

ウェグナ―の写真作品(図4)と同様に、「赤ちゃん肌」に画像合成によってブランディング(刻印)を施すことで、話題になり、広告があります。2012年にGrey Health Agencyという広告代理店が制作したアメリカの哺乳瓶メーカーPlaytexが製造するおしゃぶりの広告「Playtex for Difficult Little Peoples Binky Babies(厄介な小さい人たちのためのPlaytex)」(2012)では、肌にタトゥー・刺青の模様を合成した赤ちゃんの写真を用いて、(図5)「Yakuza Baby」、(図6)「Tatoo Boy」、(図7)「Punk Girl」の3種類の広告が制作されています。「ぐずる赤ちゃん」という存在の厄介さを視覚的に、誇張して表すための視覚的なギミックとしてタトゥー・刺青が用いられており、過剰な「ブランディング」をほどこすことによって、広告の中で大人の都合のままに操作・加工される「赤ちゃん肌」のありようをパロディ化して表してもいます。制作された3種類の広告の中でも、(図6)「Tatoo Boy」と(図7)「Punk Girl」が白人の赤ちゃんであるのに対して、(図5)「Yakuza Baby」に日本人に見える(東洋人の)赤ちゃんがモデルになっています。「ヤクザ」、「刺青」が日本人の人種・文化のステレオタイプ的な記号として用いられているのを目の当たりにすると、この広告の表現には首肯しがたいと感じると同時に、日本でのベビー用品での広告ではあり得ない「赤ちゃん肌」の表現に目を奪われるのも事実であり、目を奪われているという時点で、広告代理店の術中に嵌っているということなのでしょう。

今回は、「赤ちゃん肌」や肌への合成加工に焦点を合わせましたが、子どもと人種の表現をめぐる問題については、また別の機会を設け、引き続き考えていきたいと思っています。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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