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小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」
第10回 子どもたちを取り巻く色の世界 「ピンク星人」化する女児たち  2014年3月25日
幼い女児は、程度の差こそあれ取り憑かれたようにピンクという色に執着する時期を経るようです。私の娘も2歳半を過ぎた頃からなにかしらと、「みきちゃんねぇ〜、ぴんくの○○がすきなの〜」と何かにつけ「ぴんく」と口にするようになりました。実際のところ3歳になった現段階では、ピンクじゃないと嫌だ、と具体的に強く主張するほどではないのですが、「ぴんく」という言葉自体が彼女にとって特別な魔力を持っているようです。「ぴんくがすき」と口にしているのも、保育園のお友だちからの影響で真似して言うようになったのかもしれず、どこかしら条件反射的なところもあるように思います。「ピンク星人」とも呼ばれるこのような女児のピンク偏愛志向については、堀越英美さんの女児育児に関連する連載「ピンクに塗れ 現代女児のキラデコ事情 第1回:ピンクに塗れ!」という興味深いエッセイがありますので、是非お読みください。
堀越さんがエッセイの中でも言及されていますが、堀越さんや私の世代(ともに1973年生まれ)の幼少期は、女児を取り巻く世界は現在ほどにはピンク色に満ち満ちてはおらず、女児向けの洋服や玩具も赤や白を基調としたものが多かったように記憶しています。娘の洋服や保育園で使うものを買うために量販店の女児用のコーナーに足を踏み入れると、アニメやゲームのキャラクターをあしらい、ピンクを基調に水色やラベンダーで彩られた商品の多さに圧倒されます。正直なところ、私自身の色の好みとは違う色味や配色の商品が多いので、価格がリーズナブルであっても買うのを躊躇い、(娘が嫌がらなければ)なるべくユニセックスな色味の商品を選ぶこともあります。この先娘がよりピンク星人化する日が来れば、彼女の好みや選択を尊重して、このようなキャラクター・グッズを買い与えることにもなるでしょうが、私自身は違和感や抵抗感を持ち続けるだろう、と感じています。
私のように、ピンク星人向けの(ピンク星人を生み出す、と言った方が良いかもしれません)キャラクター・グッズ売り場に足を踏み入れ、自分が子どもの頃に使っていたものや身につけていたものとは色合いがかなり変わってしまったことを目の当たりにして、戸惑いや違和感を持つ人は少なくないようです。その一例として、Women You Should know(あなたが知るべき女性たち)というウェブサイトに掲載されたThe Little Girl from the 1981 LEGO Ad is All Grown Up, and She’s Got Something to Say( 1981 年のレゴブロックの広告に登場した幼い少女はすっかり成長した。彼女には言うことがある。)という記事をご紹介します。

(図1)
左 1981年 レゴブロック「Universal Building Sets」の広告 What it is is beautiful.
右 2014年 What it is is different.

タイトルにもある通り、この記事は、レゴブロックの広告(1981)に登場した少女(図1左)レイチェル・ジョルダーノが、現在37歳の女性(図1右)としてレゴブロックの新商品を手にして彼女の意見を述べるというものです。(図1左)
では、グレーのTシャツにデニムのパンツで、三つ編みのお下げ髪のレイチェルが、レゴブロックを組み合わせてつくったものを、「こんなのができたの!」と満面の笑みをうかべて誇らしげに持っている写真に、「What it is is beautiful(あるがままが、美しい。)」というコピーが重ねられています。子どもが自分の手でものを作る喜びや達成感を全身であらわしている姿を、正面からありのままに受けとめて「よくできたね〜!」と褒めるような気持ちがこのコピーの中に込められているように思います。37歳の女性になったレイチェル(図1右)が、「What it is is different (今のありようは、違うのだ。)」というコピーのもとに、レゴブロックは随分変わったと主張しています。彼女が手に持っているのは、ピンクと水色のカラーリングがほどこされたHeartlake News Van というニュース番組の取材車のキット商品です。レゴブロックのサイトの説明によれば、この車には、撮影スタッフ役の男性の人形アンドリューとレポーター役の女性の人形エマ、ニュースデスクや、取材対象のケーキ、車の中には映像の編集機材、エマ用メーキャップの道具が装着されているそうです(図2)。

(図2)
Heartlake News Van パッケージ

私は子どもの頃に、(図1左)のレイチェルと同じレゴブロックで遊んでいたので、(図1右)のように組み立てられるものが予め細かく設定されており、人形遊びの玩具としてもその役割づけが非常に限定的であることに驚かずにはいられません。子どもが自由勝手に想像しながら組み立てられるブロックというよりも、プラモデルの一種のような商品展開がなされ、女性と男性の人形のジェンダー役割が固定的であることにも危惧してしまいます。(図1左)が、「幼い子どもたちが自分たち自身の手で特別な何かを発見するようにすること」こそが、レゴブロックの目的であると謳っていることと比べてみると、現在のキット化された商品は、性格として真逆の方向へと転向し、大人の世界が作り出したステレオタイプを刷り込むような装置として働いているようにも思われます。

「The Pink & Blue Project」

消費社会の中で増殖し続ける子ども向けの商品の色とジェンダーの関係について興味深い問題提起をしている作品として、韓国の写真家、ヨン・ジョンミ(JeongMee Yoon, 1969-)が2005年から継続して制作している「The Pink & Blue Project」が挙げられます。このプロジェクトは、幼い子どもたちを、部屋の中でキャラクター・グッズ、玩具、洋服といった子ども達の持ち物と一緒に撮影する、「Environmental Portrait (周辺の環境を含めて人物を描き出すポートレート) 」と呼ばれるポートレート写真の一種です。プロジェクトの名前が示唆するように、幼児から小学生ぐらいの女児と男児が、それぞれピンク色のもの(図3、4)と青いもの(図5、6)が床や壁を埋め尽くす空間の中で捉えられています。

(図3)
(2006)

(図4)
(2006)

(図5)
(2007)

(図6)
(2006)

このプロジェクトは、(図3)に写っているヨン・ジョンミの娘が5歳頃から「ピンク星人」となり、ピンクに執着する様子を目の当たりにしたことが契機となって始められたものです。アメリカ合衆国や韓国でさまざまな人種の子どもを撮影し、プロジェクトを継続していく中で、ヨン・ジョンミは、ディズニー映画やアニメ、ゲーム、ハローキティなどキャラクター商品が、人種や国を超えて子どもたちの生活空間の中に深く浸透していることや、ピンクと青という色によるジェンダーの区分が強力に作用していることを明るみに出しています。
写真に捉えられた子どもたちは、お気に入りの洋服や玩具に囲まれて、それぞれの色の国の主であるかのように誇らしげにも見えます。ピンクのサテンのドレスを着て自慢げに微笑む女の子は(図4)、さしずめピンク国のお姫様といった風情です。
ピンク星人期の入り口にさしかかった娘を育てる身としては、The Pink Project の方により目を奪われ、空間を埋め尽くす膨大な玩具やキャラクター・グッズの一つ一つが、いかに女児たちを惹きつけるべく素材や色が選ばれ、デザインされているのか、ということを考えると目眩を覚えるほどです。また、女児がピンクという色を嗜好すること自体を否定するわけではないですが、多様な色の美しさを味わう機会を作り出すために、親として何ができるだろうかと思案せずにはいられません。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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