小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」 第14回 ラルフ・スタイナー「自転車」 2012年4月25日 |
俯瞰する視点からとらえられた広い路面を自転車で横切る人物と、並んで歩く二人の人物。左上の建物の影、右下に映り込んでいる建物とテラスの手摺によって道幅の広さが強調されていて、路面の筋が画角の対角線と重なるようにして画面全体に広がっています。よく晴れた日の昼間に撮影されたのでしょう。地面に落ちている影は短く、自転車に乗っている人の影はあたかも地面を境に反転しているかのようにも見えます。人影も疎らな路上の光景は、ジョルジュ・デ・キリコの作品「街の神秘と憂愁」(1914) を連想させるような、不思議な静けさが漂っています。 以前「おどけた踊り子」という作品を紹介したアンドレ・ケルテス(Andres Kertesz, 1894-1985)もまた、ラルフ・スタイナー(Ralph Steiner,1899-1986)と同様に、自転車が通り過ぎる様子を捉えた写真を残しています(図2)。石畳の路面や車道と歩道の間の舗石によって分割された画面の中で、左上の自転車に乗った人の姿が視覚的なアクセントになっています。スタイナーとケルテスは共に、階下に路面を見下ろしながら、通り過ぎて行く自転車のフォルムや車輪、漕ぐ人の姿に眼を惹きつけられるようにして、咄嗟にシャッターを切ったのでしょう。 ラルフ・スタイナーが写真を撮り始めた1920年代初頭は、小型カメラが普及し始め、レンズの性能が向上するなど写真技術が飛躍的に向上していった時代でした。カメラの小型化によって、従来のようにカメラを三脚に水平に固定して撮影するのではなく、手持ちの状態で俯瞰したり見上げたりするように自在にアングルを変えたり、クローズアップやロングショットで撮影するなど、視点の選択肢が飛躍的に増えていきました。このような技術的な進歩を背景に、画面の対角線を軸にして被写体を配置したり、画面を構成したりするようなフレーミングの仕方が、当時ドイツを中心に隆盛し、波及していったノイエ・フォトグラフィ(新興写真)、ノイエ・ザハリヒカイト(新即物主義)と呼ばれる写真のムーブメントの中で注目を集め、多用されました。 スタイナーもこのような動向に影響を受けながら、写真家としての活動を始め、広告写真や映像作品の制作などを手がけていくようになります。スタイナーの代表作として知られる「タイプライターのキー」(1921)(図3)、「フォード車」(1929)(図4)は、それぞれの被写体のディテールを、斜めの角度からクローズアップで精緻に捉えています。(図3)では、規則正しく並ぶタイプライターのキーの楕円形とカーブを描くアームのコントラストが強調されていて、(図4)では、車輪とその影、ランプ、泥除けのカーブと車軸の直線によって、車の立体感が強調されています。いずれも、画面の対角線と被写体の形状を熟慮した上で構図を作ってフレーミングをすることによって、幾何学的な要素が引き出されています。
クローズアップで撮影された(図3)と(図4)を、ロングショットで撮影された(図1)と見比べて見ると、被写体との距離のおき方という点においては対照的ですが、フレーミングされた空間の中で、視覚的な要素の配置の仕方に細心の注意を払っていることは共通しています。(図1)においては、(図3)や(図4)で捉えられているような静止した物ではなく、移動する自転車という偶発的な要素が作品の構図の決め手になっています。 (図1)と同じ時期に撮影された(図5)「水際に立つ二人の男性」(1921)のような、ロングショットの写真は、水面と水際の境目に立つ二人の男性の後ろ姿が小さく捉えられていて、フレーミングの仕方や画面の分節の仕方に(図1)に共通する間合いの感覚を見て取ることができます。(図1)や(図5)は、とも抽象的・幾何学的な表現効果を取り込みながらも、その空間の気配や詩情が際立っていて、そこにスタイナーの独自性が反映されているようです。
(こばやし みか) ■小林美香 Mika KOBAYASHI 写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。 2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。 著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。 「小林美香のエッセイ」バックナンバー ラルフ・スタイナーのページへ |
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